ドラッカー氏は、ネクスト・ソサエティ(異質な次の社会)において重要なことは、専門知識と技能を売り物にするテクノロジスト(専門教育を受けた技能を持つ技術者)をマネジメントすることだと述べている。そして、テクノロジストをマネジメントするときに、もっとも効果がないのは、「金で釣ること」と書いている。もちろん、「報酬は大事である。報酬の不満は意欲をそぐ」という前提にたった上での主張である。「しかし意欲の源泉は、金以外のところにある」。

 ではテクノロジストあるいは知識労働者にとって重要なことは何か。ドラッカー氏は4点挙げている。第一は、「組織が何をしようとしており、どこへ行こうとしているかを知ること」である。第二は、責任を与えられ、かつ自己実現すること。もっとも適したところに配置されること。第三は、継続学習の機会を持つこと。そして、何よりも敬意を払われること。彼ら自身よりも、むしろ彼らの専門分野が敬意を払われること。4点について、情報システム関連のテクノロジストの現状と対比してみたい。

 「組織が何をしようとしており、どこへ行こうとしているかを知ること」についてはどうか。、大手コンピュータ・メーカーの現状を見るとこの点は明確である。組織は、「利益を追求しようとしており、人員規模を縮小しようとしている」。もちろん、これにテクノロジストが賛同し、会社に残ろうとするかどうかは不明である。

 システム開発を請け負うシステム・インテグレータやコンサルティング会社となると、よく分からない。大体が、「メーカーではないという中立の立場をアピールし、顧客にソリューションを提供する」と言う。しかし、中立というのは、どこのメーカーのハードでも売るといった程度の価値しかない。どのインテグレータもどこかのソフト・メーカーが作ったソフト製品を販売している。ソフト製品については中立でないことが多い。

 そもそも現状のシステム開発においては、ハードよりもソフト製品よりも、開発サービスに金がかかる。開発サービスを売る会社が中立性を言っても意味がない。デルコンピュータやマイクロソフトのように、「当社は開発サービスはしません。ただ製品をお売りするだけです」という姿勢のほうが、はるかに中立といえる。

 以上の文章を前書きで公開したところ、読者からメールをいただいた。面白いので、その内容を以下に紹介する。文章は一部修整してある。

 「利益を確保し、人員規模を縮小」は、大手コンピュータ・メーカーに限らず、あらゆる企業の存在意義です。仮に儲かりまくっていて人員増に躍起になっていたとしても、世間体を保つために、上記のコメントを出しておいた方がイメージが良いです。

 大手システム・インテグレータ(SI)や大手コンサルティング会社が言うところの、「中立」に関しても、同様にイメージの問題です。イメージ戦術として中立性は、絶対的に「勝ち」です。「なんとなくクリーンで健全な感じがする」というだけで「正義」です。

 古典的な分類では、SIにも3種類あります。メーカー系、ユーザー系、独立系、です。このうち、独立系が、もっとも中立イメージが高いと言えます。製品を作っているメーカーには、ハードとソフトがありますが、世間様のハードに対する目は厳しいです。そこに財閥の匂いを嗅ぐというか、「取り込まれる(騙される)」感じがします。だからSIはSIでも、メーカー系のSIの今後は厳しいのではないでしょうか。今のメーカーやメーカー系SIは、「Linuxに最適な自社ハードウエア」などという姑息な手段で売るしかありません。

 以上が読者からのメールである。筆者の感想を付記する。なるほど、この読者のおっしゃる通りなのであろう。すべてはイメージ戦術ということである。しかし書生の意見と言われようとも、「企業の存在意義」や「正義」はイメージの中立性と別のところにあってほしいと筆者は思う。