「ANDの能力」について、情識読者の方から数件書き込みをしていただいた。また「nikkeibp.jp倶楽部」という意見交換の場に、ある読者の方が本件に関するキーワードを登録してくれた。読者の反応は何よりも励みになる。篤くお礼を申し上げる。早速、読者の書き込みに応答したい。

 3月24日に公開した「ANDの能力・第4回」に、「私には矛盾だらけの方針で何を言っているのかサッパリ分りません」というご意見をいただいた。今回はこの方の意見に対し、筆者の考えを書いてみる。

 ANDの能力とは、「ビジョナリーカンパニー」の著者、ジェームズ・コリンズ氏が著書で使った表現である。コリンズ氏によると、卓越した企業(ビジョナリーカンパニー)は「ORの抑圧」をはねのけ、「ANDの才能」を活かしている。ANDの才能とは「さまざまな側面の両極にあるものを同時に追求する能力」のことである。これに対し、ORの抑圧とは「逆説的な考えは簡単に受け入れず、一見矛盾する力や考え方は同時に追求できないとする理性的な見方である」。

 ご意見を寄せてくれた読者によると、コリンズ氏の主張は論理的におかしい、ということになる。読者のご意見から引用する。

 「ANDの才能」を発揮するならORの抑圧もANDの才能も同時に追求すべきです。つまり、「長期的な視野に立った投資」と「短期的な成果の要求」の両方を同時に追求すると同時に、「短期的な成果は犠牲にして長期的な視野に立った投資」や「長期的な視野に立った投資は犠牲にして短期的な成果」に専念することがANDの才能なのです。これらを同時に追求できるのが、ビジョナリーカンパニーであることになります。私には矛盾だらけの方針で何を言っているのかサッパリ分りません。どなたか上記論理のどこが間違っているのか教えてもらえないでしょうか。

 確かに、ANDを追求すると、ORも包含してしまうことになり、矛盾が出てくる。したがって読者の方の論理は間違っていない。コリンズ氏は著書の中でこう言い切っている。

 「不合理ではないか。おそらくそうだろう。まれではないか。そうだ。難しくはないか。まったくそのとおりである」。

 つまりコリンズ氏自ら、ANDの能力の追求は合理的ではない、と認めているわけだ。もう一度、ORの抑圧の定義を紹介する。「矛盾する力や考え方は同時に追求できないとする理性的な見方」である。ORの抑圧をはね返すには、理性的な見方をあるところで捨てなければならない。蛇足であるが、コリンズ氏は非合理主義や反理性主義を唱えているわけではない。