三井生命保険は今年8月、個人向け保険の契約管理システムを全面刷新した。同社が個人保険システムを再構築するのは21年ぶり。3年2カ月、1万人月の工数を費やす大プロジェクトとなった。しかも途中で新商品の投入を決定、8万ステップの追加開発が生じた。三井生命は20年以上培ってきたシステム構築の“伝統”を新たな開発ツールやプロジェクトマネジメント技術と併用し、難事業を無事乗り切った。

(文中敬称略)

 三井生命保険が今年8月19日に稼働させた個人向け生命保険の契約管理システムは、全国700の支社・営業所とオンラインで接続されており、保険契約や料金収納などを管理する。日本IBMのメインフレームで動作する基幹系システムの一つである。

 旧個人保険システムが稼働したのは1981年。実に21年前のことだ。それ以来、新しい保険商品を発売するたびにシステムに対する追加開発を重ねて現在に至った。当然、約90万ステップに及ぶCOBOLプログラムの中身はツギハギ状態である。「保険料率を変更する場合でも、システムの複数の個所を変更する必要があり、多大な手間がかかっていた」と、三井生命システム企画部門上席システムアナリストの山田好雄は説明する。

 「時代のスピードに合わせて保険商品を投入していくことが、今後より重要になる。現在のシステムではもはや限界だ」。情報システム部門長を1999年当時務めていた社長の西村博はこのように判断。同年7月、経営会議で個人保険システムの刷新を決めた。

 開発は日本IBMと共同で進めた。プロジェクト途中の2000年9月、三井生命は日本IBMと10年間、1500億円の大規模アウトソーシング契約を締結。これに伴い両社合弁のシステム子会社エムエルアイ・システムズ(MLI)を設立し、新システムの開発は三井生命、日本IBM、MLIの3社体制になった。昨年末には、三井生命は急きょ新商品の追加を決定。新システムへの追加開発が発生した。これらの事態にもかかわらず、当初の予定通り今年8月に稼働した。

 新システムでは、ソフトウエアの構造を階層化し(図3[拡大表示])、保守や改変の作業を容易にした。「新システムは旧システムに比べて、追加開発時の作業工数を2~4割削減できる」と、三井生命システム企画部門システム企画グループマネージャーの小野誠はいう。システムの開発費用については「日本IBMとのアウトソーシング契約に含まれているため、明らかにできない。1万人月という工数から推し量ってほしい」と説明する。

図3●新システムのアプリケーション構成の概要。階層化構造にすることで、様々な変化に対して、柔軟に対応できるように配慮した

旧システムの開発メンバーが再登板

 今回のシステム刷新で三井生命が重視したのは、20年以上にわたって同社が培ってきたシステム構築の“伝統”を生かすことだった。旧システムを開発したときの中核メンバーだった山田は、「伝統とは、アプリケーションを開発するにあたって、どの工程を大切にするか、どの品質をもって良しとするかのポリシーのこと」と説明する。三井生命では、上流工程やテスト工程を特に大切する。上流工程では、仕様書のレビューを徹底して、品質をとことん高める。テストはすべてのプログラムを対象にして、絶対に手を抜くことはないという。これが同社の伝統の一例である。

 今回のシステム刷新の主要メンバーである小野は、旧システムでは運用を担当するだけで開発には携わっていなかった。もう一人の主要メンバーである、MLIで個人保険システム第1グループ グループマネージャーを務める矢野毅は、入社した時点で既に旧システムが稼働していた。小野や矢野のような次の世代に三井生命の伝統を継承することが、今回の刷新プロジェクトのもう一つの狙いだった。

 山田はアドバイザとして、側面から小野や矢野を支援した。稼働直前の今年5月には三井生命側のグループ・マネジャが体調を崩してダウン。代役として、山田がカットオーバーまでマネジャを務めた。20年の時間を経て、図らずも「再登板」となった。

上流工程の品質を徹底して高める

 プロジェクトは、開発要員が保険業務について学ぶところから始まった。1999年7月から12月までの6カ月間、三井生命のSE約50人と日本IBMのSE約100人が保険の新規契約や解約、住所管理、請求管理などの業務ごとに分かれ、研修を実施した(図4[拡大表示])。

図4●三井生命が刷新した基幹系システムの開発スケジュール

 「これだけ長期の開発プロジェクトで、期日までに間違いなく本稼働させるためには、開発の“上流工程”の品質を高めなければならない。そのためにはまず、開発者が業務を理解することが重要だ」。矢野はこう考えていた。

 続く要件定義の工程でも、三井生命は徹底して品質の向上を心がけた。日本IBMが作成した仕様書を三井生命側が細かくレビューした。「日本IBMからそこまでチェックするのか、とあきれられた。最後には『そんなに時間をかけると稼働に間に合いませんよ』とまで言われた」と小野は当時を振り返る。

 三井生命のチェック方法の一つとして、「横串チェック」がある。仕様書に一つでも間違いが発見されると、ほかの個所にも同様の間違いがあると仮定し、すべての仕様書を調べ直すというものだ。徹底して確認しようという姿勢は、「三井生命の伝統」だと小野はいう。「旧システムを21年間利用してこれたのは、偶然ではない。こうした仕様書の確認作業を経て構築したからだ」。

プロジェクト半ばで大幅変更

 綿密な仕様書のレビューを続けた結果、プロジェクトに1カ月の遅れが生じた。しかし1カ月の遅れは、開発の段階に入ってすぐにばん回できた。

 三井生命は10年以上にわたり、日本IBMの開発ツール「HLL/WB(High Level Language/Work Bench)」を利用していた。HLL/WBは仕様書からCOBOLのソース・コードを自動的に生成するツールである。生成したコードを手直しするだけでプログラムを作成できる。今回のブロジェクトでもHLL/WBを採用。その結果、開発作業は上流工程での遅れを取り戻せるほど順調に進んだ。

 ところが昨年11月に大きな問題が発生する。急きょ新しい保険商品「ザ・ベクトル」を投入することが経営会議で決まったのである。

坂口 裕一




 久しぶりにメインフレームの大規模な基幹系システムの構築プロジェクトを取材をする機会に恵まれ、大変よい経験をさせて頂きました。弊誌2002年10月21日号の特集記事には高速開発の手法「アジャイル・ソフトウエア開発」が紹介されています(http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NC/TOKU1/20021015/2/)が、今回のプロジェクトはこれとはまったくの正反対。「完全な要件定義」、「完全な設計」、「完全な実装」がなされていました。

 今回のシステム刷新は21年ぶりですが、「新しいシステムも20~30年は使い続けられる品質の高いシステム」と開発担当者は自信を見せていました。(坂口)