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 日本郵政公社はこのほど、4月1日付けで執行役員制度を導入するのに伴う20人の執行役員人事を発表した。最大の目玉は、郵便貯金システム一筋35年のシステム担当者を執行役員に任命したこと。関係者によれば、いわゆる“ノン・キャリア”が執行役員に相当する地位に就くのは、1871年の郵便創業以来、134年間を振り返っても前例がないという。

 たたき上げ執行役員の名は間瀬朝久(ませ・ともひさ、57歳)氏。現在は郵便貯金事業本部でシステム企画部長を務めている。間瀬氏は高等学校を卒業後、1965年に郵便局員として郵政省に入った。3年後、転用試験を受けて本社に異動。以来35年間、日本最大の郵便貯金オンライン・システムを第一線の現場で支えてきた経歴の持ち主だ。

 間瀬氏以外の執行役員20人には、生田正治総裁や團弘明副総裁(元総務省郵政事業庁長官)ら錚々たる顔ぶれが揃う。さらに郵政公社の社員は全国に28万人もいる。これらは、執行役員に間瀬氏が抜擢されたことがいかに異例であるかを証明している。
 
 間瀬氏は郵便局から本社に異動した際、まったくの偶然で郵便貯金のシステム部門に配属された。そこから、「30年以上もシステムに関わり続けるとは」と本人も驚くシステム屋人生が始まった。1978年には31歳で初代オンライン・システムの完成を体験。以降ほぼ8年おきに実施する大規模なシステム刷新プロジェクトを現場で率いた。郵便貯金システムがコンピュータ化の流れに乗り、1秒間に最大3000件以上、1日に5300万件のトランザクションをさばく日本最大のオンライン・システムに成長を遂げるのに合わせて、間瀬氏の守備範囲も広がっていく。

 時の流れで数々の社員がシステム部門に異動しては現場へ戻る人事異動を繰り返すなか、いつの日か間瀬氏は「初代システムの立ち上げを経験した唯一の社員」となった。間瀬氏はたった一人で、30台を超える大型メインフレームからなる郵便貯金システムの仕様や機能、これまでの進化の過程をほぼすべて掌握する“ミスター郵貯システム”となる。

 トラブルが起これば、先頭になって解決に当たる。「日経コンピュータの『動かないコンピュータ』に載ったら、その悔しさをバネに同じ失敗はすまいとやってきた」。

 金融機関のシステム担当者としての生活リズムが全身に染み付いている。システムを停止できる唯一のチャンスである正月は、「出勤するのが当たり前」。大晦日に出社の際は、切り替えの成功を願って東京・目黒の大鳥神社参りを欠かさない。家族は寂しがらないのかとの問いには、「正月はお父さんはいないというのが我が家の常識。妻子は毎年実家に帰省する」と当然のように答える。

 昨年と今年の正月には、第4次オンライン・システムと呼ぶ大規模な切り替えに取り組んだ。ITベンダーを合わせて1200人体制の切り替え現場で、千葉県印西市のデータセンターで仮眠を取りながら正月3が日の切り替えを見守った。「さすがに歳を取ると、徹夜はつらいね」と何気なく言いながら、1月5日までは自宅に帰らず切り替え作業に奔走した。郵政公社の社員にもかかわらず、「届いた年賀状を読むのは、お年玉年賀はがきの当選番号が発表されるころになってしまう」と笑う。

間瀬氏の人望の厚さに期待がかかる

 間瀬氏は多くの民間企業のシステム部員と同様に、縁の下の力持ちとして企業を支えてきた。NTTデータや富士通など、郵政公社の貯金システムに携わるエンジニアで、間瀬氏を知らない人はいない。ただ貯金システム以外の世界では、社外はもちろん、公社内でもこれまでは名前が知れ渡っているわけではなかった。貯金以外の郵便を手がけるシステム担当者に間瀬氏のことを尋ねると、「間瀬さん?それは誰ですか」との反応が帰ってきた。

 風向きが変わったのが、昨年4月の郵政事業の公社化だ。「真っ向サービス」を掲げる生田正治総裁の下、「公社のサービス向上にはITの活用が不可欠」とIT重視の機運が一気に高まった。日本銀行からアクセンチュアを経て、公社のCIOに就任した山下泉常務理事を中心に、コスト削減とサービス向上を目指したシステム改革に着手。今年2月には、「1年間に3000億円かかっている郵政公社のIT投資を3年後までに2割削減する」といったIT中期計画をまとめ上げた。

 山下常務理事は、「公社のシステム化にはムダや重複が山積み」と指摘する。ただ、現場のシステム担当者一人ひとりは、これまでも毎日、システムの安定稼働やサービス向上を目指してきた。過剰な過去の否定は、システム担当者の過去まで否定することになり兼ねない。

 そこで山下常務理事は、間瀬氏の人望の厚さに目をつけた。「執行役員として、現場をまとめ、コスト削減をはじめとするIT中期計画を遂行するには間瀬さんが最適」と、IT中期計画を実現する秘策が“間瀬人事”であることを明かす。

 間瀬氏は執行役員人事について、「4月以降の任務や役割分担をまだ何も聞いていないので」と慎重にコメントする。山下常務が「本人が一番驚いているのではないか」と言うとおり、間瀬氏にとってはまさに青天の霹靂だけに、浮かれた様子はまったくない。

 57歳の間瀬氏は、昨年と今年の大規模なシステム切り替えを成功させることが、「システム屋としての最後の大仕事」として、システム刷新プロジェクトを率いてきた。金融機関のトラブルが相次ぐなか、ATM(現金自動預け払い機)2万6123台(昨年3月現在)、郵便局の端末4万8100台(同)を束ねるオンライン・システムの切り替えをほぼ完璧に仕上げた。「あとは若い世代にノウハウを引き継ぐのが最大の仕事」と考えていた矢先の執行役員就任人事である。それでも、「間瀬さんの力なくして郵政公社のITの将来はない」とまで山下常務理事に言われては、まだしばらくは休めそうにない。

 郵政公社の執行役員制度導入は、4月1日付けの大幅な組織改革に伴うものだ。これまで貯金、保険、郵便の3事業に分かれていた組織のうち、貯金と保険を傘下に持つ「金融総本部」を設置。同本部の配下に、貯金と保険を手がける「情報システム本部」が設立された。間瀬氏はこの情報システム本部のほか、ネットワークや人事・財務といった事務システムを担う「コーポレートIT部門」を担当する。

大和田 尚孝=日経コンピュータ