「サプライチェーン・マネジメント(SCM)」の目標である在庫削減と品切れ防止の効果を期待通りに出している企業は,皆無に近いのが現状だ。シャープやソニーなどの典型的なSCM先進企業でさえ,2~3年をかけてようやくSCMの導入効果を出せる体制を整えることができた。SCMを導入した先進企業は,「システムを導入すれば実現できる」などと甘い考えを抱いていたわけではない。しかし,問題の大きさが予想を上回ったうえ,数多くの予期せぬ問題が発生した。どうすればSCM導入の壁を乗り越えることができるのか。先進企業7社の奮闘ぶりから,SCM導入を成功に導くポイントを探る。

栗原 雅,田中 淳


本記事は日経コンピュータ2002年5月6日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 がんばれ日本―元気がない日本を再生させるためには,戦後の経済成長を引っ張ってきた「強い製造業」の復活が欠かせない。その製造業が復興の切り札と目しているのがSCM(サプライチェーン・マネジメント)だ。

 SCMは,在庫の極小化や販売機会損失の低減,生産や物流リードタイムを短縮する経営手法である注1)。多くの製造業が,2~3年前からこぞってSCMシステムの構築プロジェクトを立ち上げた。そのころからSCMの導入に取り組んでいる先進企業のリーダーたちは,「SCMの失敗は企業の“死”に直結する,何としても成功させる」と不退転の決意でプロジェクトに挑んでいる。

 ただしSCMの導入は一筋縄ではいかない。「SCMシステムをカットオーバーさせたのは,つい2年前のこと。なのに早くも抜本的に見直す必要に迫られている」。富士コカ・コーラボトリングの佐伯和彦取締役はため息を漏らす。

 富士コカ・コーラボトリングは,SCMを実現するシステムを2000年4月に導入した先進企業の1社だ。同社はSCMシステムを使って,製品の売れ行きを予測したり,予測に応じて生産や出荷の計画を立案。過剰な製品在庫を一掃するとともに,品切れによる販売機会損失の防止を図った)。

 SCMシステム導入の効果は目覚しかった。富士コカ・コーラボトリングはSCMシステムを導入した直後,出荷量にして15.8日分抱えていた製品在庫を,11日分に削減することに成功した。システム構築に投じた約3億円を一気に回収できるかに思えた。

 なのに,なぜ富士コカ・コーラボトリングは,システムの再構築を含むSCM全体の見直しを検討せざるを得なくなったのか。在庫圧縮の効果を2年と維持できなかったからである。2002年2月時点で,同社の製品在庫は「SCM導入前の15.8日分より多くなっている」(佐伯取締役)という。

 1999年9月にいち早くSCMシステムを稼働させたカシオ計算機も,SCMの導入に苦労している1社だ。同社は「2001年度中に在庫を3割以上削減」を目的にSCMを導入。しかし,現状では在庫を減らすどころか,「この3年弱で,製品在庫がどんどん増えてしまった」(SCMプロジェクトを推進する矢澤篤志業務開発部次長)。

図2●SCMの先進企業が直面した危機の内容
導入過程に三つの壁が立ちはだかる

 富士コカ・コーラボトリングとカシオ計算機に限らず,SCMを導入した先進企業は,ほぼ例外なくいくつもの“壁”に直面し,それを乗り越えるのに苦労している。各社の事例から,大きな壁は三つに集約できる。

 第1の壁は,「社内や取引先から協力を得る」。企業はSCMを導入する場合,社内にプロジェクト・チームを発足して,社内の部門やグループ会社を含む取引先に狙いや効果を説明する。このときプロジェクト・チームは,生産や営業など現場の担当者から猛反発を食らうことが多い。SCMの導入では,どうしても生産や営業の業務を見直す必要がある。ところが現場の担当者は現行の業務に慣れているために,やり方を変更したがらないのだ。これを説得しない限り,SCM導入プロジェクトは遅々として進まない。

 カシオ計算機がSCMの導入に苦しんでいる最大の原因は,この第1の壁である(図2[拡大表示])。同社は,営業担当者や生産担当者,取引先である部品メーカーからの協力を取り付けるまでに,実に3年弱を費やした。

 ソニーやキヤノンも社内や取引先の協力を得るのに手こずった。もともと生産と営業などの組織が互いに競争していたソニーでは,1年間で棚卸し資産が2000億円分も増加した)。キヤノンは全世界の製品在庫を瞬時に把握できるようにする目的で,製品コードの統一を試みた。ところが,グループ会社の社員や社内の物流担当者の猛反対にあい,統一が危ぶまれた。

 第2の壁は「新しい業務のやり方を,生産や営業などの現場の担当者に定着させる」。社内や取引先からの協力を勝ち取っても,第2の壁がSCMプロジェクト・チームの眼前に立ちはだかる。製品の需要予測や出荷状況,在庫状況などを日次で把握したり,週次で修正できるシステムを導入したが,現場の担当者が使いこなしていなかったという事例はいくらでもある。

 シャープが敢行中の総額200億円に上るSCMプロジェクトはその代表例であろう)。プロジェクトを指揮する赤穂谷住蔵IT戦略企画室長は,「SCMに必要なシステムは海外を含むすべての拠点にどんどん展開できた。ところが,現場の担当者がシステムを活用していなかった」と明かす。担当者がSCMに適した業務方法を実践していなかったわけだ。これでは在庫削減などの効果を期待できない。

 王子製紙でも,2000年5月に稼働させたSCMシステムの使い方に戸惑う社員が相次いだ。顧客からの注文を処理する受注センターでは,初日から2週間あまり,混乱が続いた。

 第3の壁は,「適正な在庫水準を見極める」である。新しい業務のやり方を現場に定着できても,在庫水準を正確に見極めて,こまめに調整しなければ,一瞬にして在庫の山を築いたり品切れが続出するという事態を招く。エスビー食品は,こうした事態に直面した企業の一つだ。製品在庫の適正水準を見誤って,「様々な製品で欠品を出してしまった」(SCMプロジェクトを率いる塚田英雄供給本部基幹システムユニットマネージャー)。

相反する効果の両立は至難の技

 そもそもSCMとは,「在庫削減」と「品切れ防止」という相反する効果の両立を狙ったものである。SCMをそう簡単に導入できるはずがない。

 SCMを導入する際は強力なリーダーシップを発動して,サプライチェーンを構成する社内の部門やグループ会社を含む取引先のすべてを統率することが不可欠である。だが,社内の部門や取引先はそれぞれ業務内容が異なり,利害関係も絡んでいるので,足並みをそろえさせるのは至難の業だ。

 次章で,SCMの先進企業7社がどのように「危機からの脱出」を図ったかを見ていくことにしよう。


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