朝日新聞社は2005年6月,新聞社の生命線ともいえる緊急連絡用社内電話,ホットライン約300台をIP化した。これにより,広域イーサネットのデータ系トラフィックとの併用を実現。従来の専用線を廃止し,運用コストの9割削減を達成した。

 朝日新聞社は2005年6月,拠点間の緊急連絡などに使用するホットライン電話システムのIP化に踏み切った。全国26拠点に約300台のIP電話機を導入し,「IPホットライン・システム」と呼ぶシステムを構築。従来の高速ディジタル専用線から,広域イーサネットを使ったIP網での運用に移行し,電話機もアナログ端末からIP電話端末に切り替えた。

5分の指示遅れで1万部の損失

 ホットライン電話システムとは,主に新聞社や放送局で利用されている社内連絡用の電話。(1)ダイヤリングしなくても特定の端末につながる,(2)同時に複数の相手との通話が可能,(3)相手が受話器を取らなくても通話が始まる――などの点で,普通の電話とは異なる。操作が格段に少なく,即座に社内連絡ができるというのが特徴。常に締め切りに追われる新聞社ならではのシステムといえる。

 朝日新聞社のホットライン電話システムは,大きく「工程ホットライン」と「全社ホットライン」の二つに分かれる。工程ホットラインは本社-工場間の緊急連絡に使用されており,工場内では紙面データを管理する「工程センター」や,紙面データがきちんと伝送されたかを管理する通称「NF」と呼ばれる作業チームの作業場所に置かれている(図左)。

 本社側の操作盤で,連絡を取りたい管轄の印刷工場を選び受話器を上げて話すと,工場側では電話機のスピーカーや作業場に設置されたスピーカーから音声が聞こえてくる。同時に複数の工場と通話することも可能だ。

 記事の急な差し替えの際に「印刷をすぐに止めてほしい」といった緊急連絡に利用されており,「停止指示が5分遅れるだけで1万部の無駄な印刷が発生してしまう新聞社にとって,非常に重要なシステム」(大阪システム部コントローラの山本忠俊氏)だと言う。

「短縮ボタンを押す時間がもどかしい」

 一方,全社ホットラインは北海道,東京,名古屋,大阪,福岡の5本支社にある同部署間を結ぶシステム(図右)。政治部や社会部など記事を執筆する部署から紙面レイアウトを行う整理部まで,様々な部署に設置されている。基本的な仕組みは工程ホットラインと同じだが,相手先を通話前に選択する必要がない点が異なる。

 部署ごとにグループが形成されており,例えば東京の整理部が受話器を上げると北海道,名古屋,大阪,福岡の整理部に一斉に連絡がとれるようになっている。「1分1秒を争う部署では短縮ボタンを押す時間すらもどかしい」(山本氏)というわけだ。

障害時はバックアップに自動切り替え

 新しく導入したIPホットライン・システムは,データ系ネットワークに利用している広域イーサネットに,ホットライン電話システムの音声データを相乗りさせる形を採った。

 IP電話端末は「Cisco IP Phone 7970G」,「同7912G」,「同7905G」の3機種を採用。IP電話制御サーバーはシスコシステムズの「Cisco CallManager」を東京本社に4台,大阪本社に2台配置した。これは万が一,災害などで片方の本社機能が停止した場合などに備えてのことだ。

 現状では音声データに対するQoS制御はかけていないが,今後問題が生じる可能性があるため,その準備はしている。また冗長化にも配慮した。予備環境を常時稼働させておき,トラブルが生じた際には自動的にバックアップ側に切り替わるようにしている。

外部サーバーがCallManagerを操る

 IPホットライン・システムの構築に当たって朝日新聞社が一番苦労したのは,ホットライン独特の機能をどのようにIP電話で実現するかだった。CallManagerには電話会議機能はあるものの,ダイヤリングせずにつながったり,受話器を置いたまま端末のスピーカーから声が聞こえたりする機能は備えていない。

 そこで同社が出した解決策は,ユニアデックスの放送制御サーバー「IPナビキャスター」をCallManagerと連携させるという方法。IPナビキャスターに独自のカスタマイズを加えることで,従来のホットラインと同じ機能と操作性を確保した。

 朝日新聞社用にカスタマイズされたIPナビキャスターは,シスコが公開しているJTAPIを利用して,CallManagerに対して様々な要求信号を出す働きをする。

 通常のIP電話の場合,発信者が受話器を上げるとオフフック情報がCallManagerに送られ,続いてダイヤル操作を受け付けるという流れになる。

 しかしIPホットライン・システムの場合は,IPナビキャスターがオフフック情報を受け取り,複数の相手に対するダイヤリング信号や,相手側が応答したという信号をCallManagerに対して連続的に出す。その要求に従ってCallManagerが呼制御を行うことで,受話器を上げたと同時に通話が始まるといった仕組みを実現している。同様の仕組みで,片方が受話器を置いても通話状態を継続させるといった機能も備えている。

 「CallManagerは電話の接続・切断といった簡単なことしかやっていない。IPナビキャスターが様々な命令を代わりに出すことで,CallManagerを操っている」(ユニアデックスの戦略事業グループ ワイヤレスIPC事業部WIPC戦略営業部の酒井裕幸部長)。

保守作業負荷を大幅に軽減

 朝日新聞社がホットラインをIP化した狙いの一つは,保守作業を軽減させることである。

 従来のホットライン電話システムは老朽化が著しく,通話していないのに音が聞こえるなどの不具合が月に数回起こっていた。トラブル原因が配線,電話機,交換機と多岐にわたるうえ原因特定が難しく,「電話機1台の故障に2~3人のシステム部員が対応することもあった」(山本氏)。

 それがIP化されたことにより,pingを使った障害切り分けや,CallManagerのログ情報を見ることによる原因究明が可能になり,格段に運用が容易になった。「以前は24時間体制で各本支社に5,6人が待機してシステムを監視していたが,IP化により,東京本社と大阪本社での集中管理ができるようになった。残る北海道・名古屋・福岡の本支社では,人員の削減も見込める」(山本氏)。

コスト削減額は年間1億円以上

矢野 隆司
東京システム1部
部長

 IP化のもう一つの大きな目的は,コスト削減だ。IPホットライン・システムの導入で,従来のホットライン電話システムの保守費用と回線使用料を合わせた運用コストの9割を削減できるという。金額にすると年間で1億円以上になる。

 WANを広域イーサネットに切り替えたことで,これまで使用していた本社-工場間の専用線を廃止できるのが大幅なコスト削減の理由。「データ量の少ないホットラインの音声データが,高速な専用線を使用しているといった無駄が発生していた」と,東京システム1部の矢野隆司部長,写真は説明する。

 朝日新聞社は2000年4月,情報企画室内に「次期システムプロジェクトチーム」を発足させて以来,全社的なシステム刷新に取り組んできた。その大幅なシステム刷新の中で,広域イーサネットを使った社内ネットを構築。以前は専用線を使っていたメールなどの事務系データを2003年4月に,大容量の紙面データも2004年12月に広域イーサネットに移行した。

 その結果,本社-工場間の音声データが取り残される形になり,ホットライン電話システムのために高速ディジタル専用線を残す形になっていた。「専用線と広域イーサネットの併用で発生していた余分なコストは月1000万円以上」(山本氏)。IP化でこのダブルコストをなくし,年間1億円以上のコスト削減が可能になった。

(中村 良輝)
図 工程ホットラインと全社ホットライン 発信側が受話器を上げて話すだけで,受信側が受話器を取らなくても通話が始まる。社内の緊急連絡に使用されており,工程ホットラインは本社-印刷工場間,全社ホットラインは各本支社の同部署間を結んでいる。


※本記事は日経コミュニケーション2005年7月1日号からの抜粋です。そのため本文は冒頭の部分のみ,図や表は一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。