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 ソフトバンクへの日本テレコム売却を発表した米リップルウッド・ホールディングスのティモシー・コリンズCEO(最高経営責任者)の心境は複雑だった。「日本テレコムとの関係はまだ初期の段階。今回の買収は(ソフトバンクと日本テレコム)双方にとってメリットがあると思う半面,(時期は)もう少し後の方がよかったという気もする」――。会見の場では日本テレコムの売却を,自分の息子が自立して離れていくことに例えながら「将来について非常に期待している一方,寂しい思いもある」(コリンズCEO)と胸のうちを語った。

 リップルウッドが英ボーダフォン・グループから日本テレコムを買収したのは2003年11月。それからわずか半年あまりでリップルウッドは日本テレコムを手放してしまった。ボーダフォンとの交渉は,買収金額などを巡り双方の意見が対立。交渉が表面化した2003年2月から半年以上もたってようやく合意した“難産”の末の買収だったにもかかわらず,である。

 だが,そもそもリップルウッドは投資家から大量の資金を集めて基金(ファンド)を作る投資会社。会社の目的は,ファンドを成長性の期待できる会社に投資し,最終的には株式公開や売却によって差益を得ることにある。その点,わずか半年でボーダフォンから買収した約2600億円に800億円も上乗せした約3400億円で売却できたことはリップルウッドにとって大成功。ソフトバンクの株式を取得するというおまけも付いてきた。

 しかし当初,リップルウッドはこれほどの短期間で売却してしまう意図は無かったようだ。むしろ日本テレコムを様々な事業者と提携させ,「5~6年でNTTに対抗できる勢力にする」(リップルウッドのジェフリー・ヘンドレン・マネージング・ディレクタ)青写真を描いていた。その提携先の有力候補の一つとして考えていたのが,東京電力を中心とする電力系通信事業者だったフシがある。

東電との連携を模索していた日本テレコム

 東京電力は2002年5月ころ,当時英ボーダフォン傘下だった日本テレコムの買収を実際に検討していた。しかし時期を同じくして,原子力発電所のトラブル隠しなどの不祥事などが相次いで発覚。新規事業に打って出られる雰囲気ではなくなってしまった。買収交渉も宙に浮いてしまった。

 一度は立ち消えになった東京電力と日本テレコムの関係だが,リップルウッドの日本テレコム買収により,再び接近し始めたのが2003年末。「電力系通信事業者の光アクセス回線と日本テレコムの顧客や営業力を組み合わせれば,事業上のシナジー効果は大きい」と見たリップルウッドは,東京電力との連携を本格的に模索し始める。

 リップルウッドのコリンズCEOは5月27日の会見の場では「ソフトバンク以外とは交渉していない」と明言した。だが,日本テレコム買収完了後の2003年11月ころ取締役に就任したウィリアム・エズレー氏とロナルド・レメイ氏が東京電力にたびたび足を運び,「提携のための議論をしたい」と持ちかけていた。東京電力幹部も「リップルによる日本テレコム買収の話が一段落した以降,幹部が数回に渡って来訪した」。今年2月時点での本誌の取材に対して,その事実を認めている。

 これらの経緯から,日本テレコムと東京電力,その傘下のパワードコムなど電力系通信事業者が連携して,NTTに対抗する一大勢力を作り上げるのではないか――。通信業界関係者ではそんな声がささやかれていた。

倉重社長就任で方針を180度転換

 だが,2004年2月に倉重英樹社長が就任すると,提携に向けた動きがピタリと止まる。4月20日に東京・日比谷の帝国ホテルで開かれた倉重社長の就任パーティーの場で東京電力幹部は「1月にエズレー氏とレメイ氏に会って以降,日本テレコムからの接触はない」と,話し合いが進んでいないことを打ち明けた。そして社長就任から3カ月後にソフトバンクの電撃的な買収が明らかになった。

 「日本テレコム単独でやっていけないわけではない。だがNTTの何十分の一という事業規模では,社外に対するインパクトも面白みもない」,「日本テレコムから見ると,ソフトバンクBBは非常に異質な会社。一方でパワードコムは比較的似ている。同質な者同士では,悩みも喜びもみな同じ。それよりも私は,異質との連携の方が夢を描ける」(倉重社長)。会見での発言を見て,東京電力との提携模索から一転してソフトバンク入りを決めたのは,倉重社長の影響と見て間違いない。単なる回線サービスだけでなく,付加価値を生み出したい倉重社長の考えが,“同質”の電力系通信事業者よりも,ソフトバンクとの連携を優先させる形になった。

 ただし,電力系通信事業者との連携が全くなくなったわけでもなさそうだ。倉重社長は「今回の買収が期待通りになれば,パワードコムにも参加しようかと思ってもらえるのではないか」と意味深長な発言を残している。

 「3カ月前に就任の記者会見をしたのに,その3カ月後には買収の会見をしている。非常にスピードの早い世界だ」--。会見で感慨深げに語った倉重社長。自身の選択が正しかったことを証明するのはこれからだ。

(蛯谷 敏=日経コミュニケーション)