牟田学(むた・まなぶ) 電子政府コンサルタント行政書士時代に、電子政府・電子申請に興味を持ち、独自の視点で調査・研究を続ける。現在は、行政書士の登録を抹消し、フリーのコンサルタントとして活動しながら、電子署名・認証利用パートナーシップ(JESAP)などの関連団体にも参加。活動内容については、Webサイト「Manaboo's Room Consulting」を参照。 |
電子政府・電子自治体のポータルサイトでは、膨大な情報がコンテンツとして提供されるようになりましたが、その一方で、利用者にとっては欲しい情報にたどり着くことが難しくなっています。
そのため、市民ポータル、ビジネスポータル、観光ポータルといった具合に、対象者を絞った個別のポータルサイトを用意することが一般的になりつつあります。このなかで、市民ポータルは市民の暮らしに関係の深いコンテンツを提供するものですが、より利用者の視点に立ったサービス提供を望むのであれば、「ライフイベント型の情報提供」が有効です。
ライフイベント型の情報提供とは、出産、入学、成人、就職、結婚、引越し、介護、死亡といった人生のイベントに焦点を当てることで、利用者の置かれている状況や立場を考慮したサービス提供をしていくものです。
ここで重要なのは、ただイベントを時系列に並べることに終わらず、そのイベントに直面した市民が、どんなことで困るのか、何を期待するのかといったことを、利用者の立場で考えることにあります。
ライフイベント別のメニューを作るまではよいのですが、深い階層になると「役所言葉(法律用語)そのままの手続名がずらりと表示されているだけ」というケースもよく見かけます。これでは、市民は自分にとってどの手続きが必要で、どこから手を付けるべきなのかが分かりません。
逆に“良い例”を具体的に挙げてみましょう。電子自治体の先進都市として著名な 神奈川県横須賀市のサイト では、トップページに「市民便利帳」というタブがあり、カーソルを合わせると「市民生活に関する情報はこちら」と表示されます。この横須賀市の“市民ポータル”とも言うべき 「市民便利帳」 には、「節目ごとに必要な情報」として、出生誕生、就学、二十歳、離婚、高齢者、死亡といった項目があり、まさに「ライフイベント型の情報提供」が行われています。このほかにも、「生活に必要な情報」といった分類もあり、市民が利用しやすい工夫が随所に見られます。
さて、肝腎なのはここから先です。例えば、市民便利帳から、「出生誕生」へ、そこからさらに「出産したときの手続きなど」へと進みます。すると、簡単な説明文付きで必要な手続きの一覧が表示されます。これなら、一つ一つ手続き名をクリックしなくても概要が理解できるため、より親切と言えるでしょう。個々の手続に関する説明もわかりやすく、関連情報の提供も充実しています。
■延長線上にはワンストップやカスタマイズも
将来的には、こうした「ライフイベント型の情報提供」の延長として、必ず「ワンストップサービス」が提供されることになるでしょう。
ワンストップサービスの理想的な流れは、以下のようになるでしょう。
- 利用者にとって必要・有益な手続・サービスが提示される。
- 必要な手続・利用したいサービスを選択する。
- 一度の申請等により、2で選択した全ての処理が完了する。
このようなワンストップサービスを実現するためには、役所内部の組織間の連携・情報共有が必須となります。各イベントに関係する行政手続やサービスは複数である場合が多く、縦割り行政のままでは対応できないからです。
よく言われる「官民連携」も必要ですが、まずは行政組織間の連携(官官連携)ができないと話になりません。いまだに引越し時の手続がワンストップサービスで提供されないのは、不思議で仕方ありません。そろそろ「できない」言い訳を考えるのは止めにして、「ライフイベント型の情報提供」を機会に、市民が効果を実感できる「官官連携」を進めて欲しいものです。
話を戻しましょう。「ワンストップのライフイベント型の情報提供サービス」に、さらに利用者ごとのカスタマイズ機能が備わると、行政が市民の人生設計をサポートすることも可能となります。市民にとっては、「来年の春に子供ができる」「3年後にはマイホームを」といったライフイベントを追加することで、新たに利用できる行政サービスを確認できるようにするわけです。
もちろん、「ワンストップサービス」や「カスタマイズ機能」を持つWebサイトの構築や維持管理の費用は、安いものではありません。それに、お金をかけてシステムを開発しても上手く機能するとは限りません(現在の電子政府/電子自治体が提供するサービスの利用状況を見れば理解できることです)。
しかし、そうした状況に悲観することなく、日々の地道な努力と工夫を重ねる役所だけが、電子政府・電子自治体を成功に導き、市民にとっての有益なパートナーとして認めてもらえるのです。
「日々の地道な努力と工夫を重ねる」とは、「システム開発に安易にお金をかけること」「システムに過度の期待をすること」「キラーコンテンツやアプリケーションに期待すること」などとは対極にあるものです。「ワンストップサービス」や「カスタマイズ機能」といった用語の本質を理解し、ベンダー任せにすることなく自ら創意工夫を重ねながら、市民が求めるサービスを実現していくということです。
日々の努力の積重ねから生まれたサービスを通じて、「行政が有益な人生のパートナーとなり得ること」を市民に理解してもらうことができたときに、電子政府・電子自治体の新たな可能性が見えてくることでしょう。