PR

文・清水惠子(中央青山監査法人 シニアマネージャ)

 ともするとEAは、その標準成果物を作成して形式を整えることに終始しがちである。特に日本の最近の動きを見ていると、そのような傾向が強いように感じられる。EAの本質は、全体最適のために組織の壁を超えて共通の用語を基に共通の意識を持つことにある。縦割り意識を捨てて、本当の利用者へのサービス向上とは何かを問いかけることから始めなければならない。

 このために政府のガイドライン(経済産業省の『EA策定ガイドライン Ver1.1』)では、機能構成図(DMM)と機能情報関連図(DFD)の利用を推奨している。機能構成図(DMM : Diamond Mandala Matrix)は、業務機能を階層的に3×3のマトリックスで表現したものである。機能情報関連図 (DFD : Data Flow Diagram)は、各階層の機能間の主要データ・情報の流れを図式化したものである。DMMは、DFDの知識を持たない業務担当者が、自分達の業務を全体的に把握、理解し、組織の他の部門やベンダーとも業務の機能の認識を共有するために作成する。DMMは情報整理のツールであり、人間がひとめで理解できる範囲の限界が9つとされることから、9面に分割した平面に関連機能を配置して示す。DMMで抽出された業務の機能に、業務処理に使われる情報の流れを模式的に示したものがDFDということになる。

■DMMの例:人事給与業務の機能構成図
DMMの例:人事給与業務の機能構成図(『EA策定ガイドラインVer1.1』より)
『EA策定ガイドラインVer1.1』より


■DFDの例:人事給与業務での機能情報関連図
DFDの例:人事給与業務での機能情報関連図(『EA策定ガイドラインVer1.1』より)
『EA策定ガイドラインVer1.1』より

 DMMやDFDは、コンサルティング・ファームやベンダーに作成させるものではなく、利用者自らが参画して、議論しながら作成するものである。利用者の参画を得て業務や情報などの流れを分析することがEAを実践する際のポイントである。利用者自らが納得して業務を改革しないかぎり、組織の意識改革は無く、その新システムは本来の目的を達成するようには運用されない。

 DMM、DFDは、組織の壁を超えて単純に働きの固まりと情報を記載するものだ。作成するには、利用者に情報を公開して組織の壁を超えた議論を行う必要がある。現在の日本の組織での現実的な方法としては、利用部門の業務に精通した各部門の担当者が、EA作成を指導できるコンサルタントの元で2日間程度合宿するなどして、まずDMMやDFDを作成するのが最も望ましい形であろう。

■デンマークのポータル構築に学ぶ業務最適化

 DMMやDFDについては次回以降のコラムで詳しく触れるとして、今回は業務最適化のベストプラクティスの一例として、政府のトップダウンで作られたデンマークの市民ポータル「Netcitizen」を紹介しよう(参考資料:「Re-organisation of public administrations boosts the quality of online services」(EU、2004年2月)。Netcitizenは、4人の常勤職員によって運営され、サイトの開発はデンマーク最大のシステム開発会社であるKMD(デンマーク自治体の中央組織であるKLの100%出資)と民間業者に外注することにより、シンプルな組織の再編成と効率的な業務を実現し、コスト削減に成功している。KMDの分析によると、コスト削減は、業務改革/改善によって実現した部分が8割を占め、IT技術の貢献は2割に留まるとしている。Netcitizen成功の最大のポイントは、IT技術の導入時に自治体の"組織の文化"の変化と、住民の参画を同時にもたらすことができたことにある。

 Netcitizenは、生活、仕事、家庭、健康、家族、学校、年金、その他の8つの分野に分類され、KMDによって管理されている。このポータルのコンセプトは官民の共同開発にあり、KMDとその他の民間企業(何社かのアウトソーサー)が運用している。

 画期的なのは、関連する公的サービスが、利用者の1回の申請で処理されることである。例えば、児童の保育サービスを希望する住民が個人識別コードを入力し申請すると、住民のデータベースと個人識別コードは照合され、保育サービス待機リストに登録される。申請者は、待機期間中の状況をWeb上で確認できるようにもなっている。同時にその情報はケースワーカーに転送され、ケースワーカーはその情報をチェックすることができるのである。

 もう一点注目すべきは、民間企業のサービスにもリンクが張られていることだ。ある市から転居する人は転居の公的な手続きだけでなく、引越し業者のサービス情報も入手できる。

■Netcitizenに見るEA策定手順のポイント

 デンマークでは、Netcitizenを4つのフェーズに分け5年間で段階的に導入した。この過程は「EA」という呼び方で位置付けてはいないが、これをEAの策定手順のポイントとして整理すると以下のようになる。

 第一段階は、Netcitizenの開発をKMDが進めるにあたってのデンマーク自治体全体の戦略的なアライアンス構築である。つまり、自治体のホームページとNetcitizenをKMDの提供するASPによってリンクすることの合意を得るということである。

 最初、KMDは、ポータル構築に必要な情報を何も持っていなかった。このため、各自治体がどのような申請処理をしているかのデータを収集することについて、合意を得ることからプロジェクトはスタートした。全自治体のサービスをIT化して統合するビジョン明示と進むべき方向性の意識合わせが行なわれたのである。これはEAにおけるBA(Business Architecture)のビジョン、ミッションの策定に相当する。

 第2段階では、市民がどのようなサービスをどの程度の頻度で利用しているかを外部専門家の知見を活用して分析し、開発すべきポータルの内容を検討している。

 住民はその生涯のいろいろな段階、出生、進学、結婚などで住民サービスを利用するが、それぞれの手続きは個人的には1回か2回であって、同じサービスを何度も利用するもではない。これらの住民サービスの窓口はバラバラに点在しているため、サービス申請のたびに異なる窓口に行くことになる。これらの窓口はNetcitizenにより、一つに統一することが目標とされた。ここでは現状分析からBAの理想及び移行計画の策定がされている。

 第3段階では、Netcitizenの開発と運用の主要な体制を決定している。開発は、共同センターのASPを基盤としてネット技術のテンプレートの標準化など業務とデータの標準化、統合化を順次推進している。この段階で各自治体のポータルを統合されたシームレスなサービスの設計が行なわれた。ここでは、EAに当てはめると、情報/データアーキクチャー(DA)の作成、アプリケーションアーキクチャー(AA)、テクノロジーアーキクチャー(TA)の移行計画の策定に相当する作業がなされている。

 第4段階は、常に市民が利用できるポータルを導入することである。この取組は、現在も範囲を拡大しながら進行中である。現在、Netcitizenには31万件のユーザー登録があり、アクセスは、1週間で約4万5000のアクセスがある。

 EAを推進する際にキーワードは2つある。一つは、トップダウンの強力なリーダシップであり、もう一つはボトムアップの利用者の参画である。この市民ポータルの構築にあたっては、この2つが共に実現されている。

(1)縦割りを排除した全体最適の徹底をすすめるリーダシップ

 業務の根本的な改善は、全体最適と部分最適を同時に果たすことによって実現される。そのためには組織の縦割りの弊害を廃するような"文化の変革"が必要だ。"文化の変革"は、過去のいきさつや個別組織の利害を超越して調整力を発揮できる外部の力を利用するのが効果的である。デンマークの場合、KMDと自治体、民間企業の戦略的なアライアンスの推進は、自治体の協力者としての立場にあるKMDの強力なリーダシップと調整によって実現した。

(2)利用者の参画と意識付け

 開発当初にKMDは1200万ユーロ(15億円超)の宣伝費を投入して街頭のポスターなどによる啓蒙活動を展開している。情報を公開することにより、数多くの意見が寄せられ、公の場での討論が行われ、市民、自治体の参画による意見の交換により意識合わせをし、モチベーションを高めながら構築できたことも成功の要因である。ポータルの利用者は、市民である。同時に、ポータルを経由してきた事務処理の部分では、自治体職員もまた利用者である。利用者の意見を聞かずして、よいシステムはできないのだ。

清水氏写真 筆者紹介 清水惠子(しみず・けいこ)

中央青山監査法人 シニアマネージャ。政府、地方公共団体の業務・システム最適化計画(EA)策定のガイドライン、研修教材作成、パイロットプロジェクト等の支援業務を中心に活動している。システム監査にも従事し、公認会計士協会の監査対応IT委員会専門委員、JPTECシステム監査基準検討委員会の委員。システム監査技術者、ITC、ISMS主任審査員を務める。