企業内のパソコン利用が進んだ1990年代後半、アプリケーションのインストールやバージョンアップ、ハードウェアの保守など、パソコンの運用・保守に要する労力とコストの増大が無視できない問題となる中で、シン・クライアントの考え方が登場しました。シン・クライアントでは、アプリケーションの修正やバージョンアップが必要になった場合、サーバー上で対応可能であり、全てのクライアントに再インストールを行う必要がありません。このように運用・保守が容易で、コストを大幅に削減できることをうたい文句に、Windows-Based Terminal(マイクロソフト)、JavaStation(サン・マイクロシステムズ)などさまざまなシン・クライアントが市場に投入されました。
特に、1996年にオラクル社が販売したネットワーク・コンピュータ(NC)と呼ばれるシン・クライアントは、500ドルという低価格が話題となりました。しかし、その後、パソコンの価格が下落したことによって、シン・クライアントの魅力が相対的に低下したことや、多くのクライアントを制御するためにはサーバーを何台も設置する必要があり、宣伝されているほどコストが低減されなかったことにより、シン・クライアント・ブームは下火になりました。
しかし、近年、情報セキュリティの観点から、シン・クライアントを見直す動きが見られます。現在、政府・地方自治体では、住民の個人情報の漏えい、コンピュータウィルスの侵入などの問題が生じており、情報セキュリティの確保が重要な課題になっています。シン・クライアントにはハードディスクなどの記憶装置が接続されていないことから、個々の端末からの情報漏えいが起こりにくく、利用者が勝手にソフトウェアをインストールすることもできません。また、セキュリティのレベルもサーバー側で一元管理できるなどの利点があります。
山口県岩国市では、こうした情報セキュリティ上の利点や運用・保守の容易さに着目し、2002年度からシン・クライアントの導入を開始、現在、約700台のシン・クライアントが稼動しています。ベンダー側も情報セキュリティが重視される政府・地方自治体を有望な市場と見ており、一度はシン・クライアント市場から撤退したサン・マイクロシステムズと日本オラクルも、地方自治体に対してシン・クライアントを共同で拡販する計画を2003年6月発表しました。
今後、シン・クライアントが情報端末としてのパソコンの地位を脅かす存在にまで成長できるかは未知数ですが、情報セキュリティ確保や運用・保守の負担など、政府・地方自治体の情報システム部門が抱える問題を解決する手段の一つとして検討する余地はありそうです。