米国を中心に、行政部門においてもCRMの活用が広がりを見せています。その背景にあるのは、行政にとって納税者である企業や住民は「顧客」であり「主権者」である、という考え方です。そこで、「行政CRM」を考える際に重要となるポイントを考えてみましょう。
第一に、企業や市民など行政サービスの利用者のニーズを収集し、分析するインフラの整備が重要です。電子政府の構築によって、インターネットを通じて行政サービスを「24時間365日、ノンストップ、ワンストップ」で提供することが可能となります。また、従来の行政窓口、コールセンター、“行政キオスク端末”なども組み合わせることによって、企業や市民が行政サービスを受ける窓口は多様化します。ITを活用すれば、これらの窓口を通じて行政にアクセスする利用者の行動やニーズを統合的に把握することが可能となります。一方で、企業や市民がより能動的に行政サービスに対して意見を表明できる電子掲示板などの仕組みを整備することも重要となります。
第二に、このようにして収集した情報を分析することによって、行政サービスの利用者の視点に立ったサービスの実現につなげることです。民間企業のCRMにおいても情報の収集に終始して、肝心の顧客サービスの向上まで十分つなげることが出来ていない企業は多くみられます。したがって、行政の場合においても、例えばサービス向上に成果をあげた職員や部門に対して、何らかのインセンティブを与えるなどの制度を整える必要があります。
第三に、CRMを導入することによって、これまで誰に対しても一律であった行政サービスを個々の利用者向けのサービスに転換させることができます。これは、民間では「ワン・ツウ・ワン・マーケティング(One to One Marketing)」と呼ばれる手法に相当します。具体的には、利用者の属性情報や過去の行政サービスの利用状況などから判断して、言わば山田さん、佐藤さん、それぞれに対応した“オーダーメイド”の行政サービスを提供しようとする考え方です。

一方で、行政CRMの活用が先行して進んでいる米国では、行政がどこまで個人情報を収集することが許されるべきかに関して、論議が起こっています。例えば、A氏は頻繁に市立図書館から本を借りていたとします。市立図書館ではA氏が過去に借りた本のデータを蓄積し、A氏が興味を持ちそうな本が新着図書として入った際には、A氏に借りに来ることを薦める電子メールを送付します。このようなサービスを便利と感じるか、自分の嗜好に関する情報まで行政に蓄積されていることを気味が悪いと感じるかは、判断が分かれるかもしれません。
そこで、行政CRMにおいては、行政が一方的に情報の集積やサービスの提供を行う“片方向”のシステムではなく、利用者側も一定のイニチアチブを持つことができる“双方向”のシステムにすることが求められるといえます。
例えば、神奈川県横須賀市では、市民が自分に必要な情報や興味に沿ってポータルサイトを立ち上げることを支援する「横須賀市民ポータルサイト My Yokosuka」が、この11月から実験的に始まっています(2002年12月20日まで)。これは、市民がそれぞれ立ち上げたポータルサイトに必要な情報やサービスを提供する取り組みです。
行政CRMにおいては、利用者である企業や市民の側が、行政サービスを評価し選択することができる仕組み、自らのプライバシーに関する情報を管理できるような仕組みを組み込むことが重要となってくるといえるでしょう。