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文・森山 和道

 あなたが非接触ICカードの定期券を駅の改札機にかざすと、朝は会社近辺のアフター5スポット情報が、金曜の帰宅時には週末のお出かけ情報が、手持ちの携帯電話に自動的に提供される。電車内にぶらさがる「RFID」(Radio Frequency IDenitification System:無線利用による移動体識別、非接触ICタグ)(※1)を埋め込んだ電波ポスターから、イベント告知のURLや電子クーポンをメールで受け取り、そのままオンラインにつなげればコンサートチケットの予約なども可能だ。チケットは携帯電話あるいは日常使っているICカード定期券にダウンロードする。そうすれば、いつもの定期券で劇場や会場にゲートインできる。

 街中を歩けば路上に埋め込まれたRFIDや、GPS携帯による位置情報と連動した情報サービスを受けられる。GIS(地理情報システム)ベースでヴァーチャルに埋め込まれた位置情報タグや、携帯電話の画面では、あなたが歩いている町並みに合わせて、近くのショップのセールス情報が踊る。センサーの固まりと化した自動車に乗れば、“進化したカーナビ”であるテレマティックス技術によって多様な顧客サービスが提供される。

 ショップ内に入れば、自動ドアがあなたを顔情報から識別、ネットワークのCRMデータベースを参照してガイドを提示する。なじみの店員がいる場合には、店員の名札に来店通知メッセージが届けられる。各物品にはICタグが付けられており、物流管理のみならず、棚から何度、客が商品を手にとったかといったデータさえ追跡可能になる。居酒屋ではビールの残量がグラスとコースターに仕込まれたRFIDで検知され、店員を呼ぶ手間が省ける。かつてのメニューとメニュー置きは、電子ペーパーとクレードルとなって随時メニューや広告を更新し続ける。全てのデータはリンクして、顧客データとし蓄積され、個別のサービスが提供される。

※1 RFID(Radio Frequency IDenitification System)とは無線通信を使う識別技術で、ICチップとアンテナで一つのユニットとなる。バーコードと違って読み取り機をかざす必要がなく、非接触でデータの読み出し&書き換えが可能であり、無線が届く範囲にタグがあれば瞬時に読み取れる。カードと違って形状は制限されておらず、動物用、海上コンテナ用などが国際規格化されており、物流用においても標準化が進められている。将来、ありとあらゆるものにIDをつけるための有力なデバイスの一つである。

 なおRFIDと非接触ICカードは、基本的に同じ技術である。同様に「カード」や「タグ」というのも要するに記録媒体の形状のことだ。カード業界などでは両者をきっちり区分けしている例もあるが、基本的にはカード型のRFIDが非接触ICカードだと見なして、そんなに間違ってはいない。ただし両者とも国際規格で細かい取り決めがあり、実際の運用上は区別されている。このコラムでは法規制面はあまり考えないことにするつもりなので、基本的に同じで形や運用形態だけが違うのだと考えて頂ければいいと思う。なお人が持つ場合は非接触ICカード、モノに取り付ける場合はRFIDが使われることが多い。

 ……そんな時代がもうすぐやってくる。本コラムは、今後ICチップ(ICカード)と電子自治体の将来像について概観していくことになるが、まず第1回目は“ICチップ社会”の現状を見ながら、将来的にどんな時代が来るのか、少し想像を交えながら綴っていきたい。多少の飛躍は可能性の一端であるとして、お許し願いたい。確かに言えることは、これからの電子自治体は、単に時代にキャッチアップするだけではなく、来るべき未来の姿をも見つめつつ構築していくことが必要だということだ。

goopasのホームページ。
 冒頭の話の基礎となる技術は既にあり、いくつかは実証実験や実サービスがもう開始されている。例えば自動改札機からの情報配信はオムロンとぴあが提携して始めており、「goopas」と呼ばれている。2001年、東急(東京急行)線で実験が行われたが、まもなく小田急(小田急電鉄)線で本格的に事業展開される予定だ。

 電波ポスターは大日本印刷の技術である。国土交通省は荷物タグにICを使った実証実験を行っている。同省の委託を受け、日本航空はICチップを使った搭乗手続きの電子化についての実験をまもなく開始する。

 タグを埋めた地面標識とGPS携帯電話による歩行者誘導は、これまでにも何度も実験が行われている。概念や利用法については国土交通省「歩行者支援のためのITS」が参考になるだろう。

塵のような小さな粒が0.4mm角の「ミューチップ」
 また、2005年に開かれる愛知万博のチケットには日立製作所が開発した0.4mm角の極小非接触ICチップ「ミューチップ」が導入される予定だ。ミューチップは固有のIDを書き込むことで現品管理タグとして使うことができる。しかも紙にも埋め込むことができる点が大きなポイントだ。日立によれば、偽造防止はもちろん、発券した入場券の流通・販売状況を把握できるほか、来場者は、携帯電話やインターネットで、事前にパビリオンや催事の入場予約が容易になるという。

 さらに、エンタテイメントプラスやJ-WAVEなどが電子マネー「Edy」を使った電子チケットやECサービスを開始すると発表するなど、ICカードやRFIDと呼ばれる類の無線タグの普及は既に始まっている。

■「動くもの」の情報を随時チェックできるRFID

 RFIDの実際の利用シーンとしては回転寿司精算システムや荷物タグなどの実験事業から、温泉でのロッカー管理・キャッシュレスシステムや車両入出管理、イモビライザー(車両盗難防止システム)、食堂精算システムなど、ユビキタス時代のキーデバイスとして徐々に事業化されつつある(例えばオムロン日立ハイテクノロジーズなどの関連ページを参照)。

 中でも流通、例えば近年、急速にニーズを増しつつある食品のトレーサビリティ(生産・流通履歴を追跡できるようにすること/そのための仕組み)保証のためにもRFIDは使われていくだろう。図書や郵便にも応用される可能性はある。例えば図書館の蔵書にRFIDがついていて、棚にそれぞれリーダがついているシステムを考えてみよう。随時、どの棚に何の本が入っているかが棚まで行かなくてもチェック可能になるのである。つまり現実の蔵書とデータベース等が、シームレスにつながるのだ。それがもしもっと広い範囲で追跡できるようになったら……と考えると、SCMやCRMが注目されている昨今、応用範囲はさらに広がることが分かるだろう。

 さらに最近では、駅伝選手のゼッケンにRFIDを付け、通過記録をリアルタイム、かつ確実に取得するというシステムまで開発された。物流管理、特に「モノ」に使われることの多いRFIDだが、こういう使い方もできるのだ。

 今後のユビキタス社会において「動くもの」の情報を随時チェックしたいと考えたとき、RFIDは有効な回答の一つである。矢野経済研究所によれば、RFID市場は、2002年度1070万枚、2005年度3050万枚、2010年には11億3270万枚になるという。ミューチップなどは東京大学教授の坂村健氏らが主導する「ユビキタスIDセンター」などで技術標準化が進められていく予定。一方、無線が届く距離が長い電池付きのタグは「Smart Active Labelコンソーシアム」などが普及促進を進めていく方針だ。ただし一方で、「 東大・坂村氏と慶大・村井氏が次世代バーコード規格で対立」といった報道もあるように、標準化への動きはまだ混沌としている。

■次世代のキーデバイス「ICカード」

 一方、主に人を対象としたRFIDとも言えるものが非接触ICカードだ。今年はまさに爆発的普及の年となり、JR東日本の「Suica」はサービス開始後一年足らずで500万枚を突破した。

 クレジットカード業界は2003年1月からのICカード対応共用端末機普及に備えて、カードへのICチップ導入を急ピッチで進めている。偽造防止といった強いインセンティブもあるため、銀行系カードよりも大きく先行している。また社員証をICカード化し、入退管理や鍵として使い始めた会社も多い(例えば松下電器産業日立製作所NECなど)。最近は出玉をカードに保存できるパチンコ店もある。それらのカードの母体はソニーの「FeliCa」だ。既に3500万枚を出荷しており、独自の規格でデファクトを取ることを狙っている。交通系は既にFeliCaの独壇場だ。また、交通カードが容量が大きくセキュリティも高いICカード化すれば、これまでのプリペイド(事前精算)からポストペイ(事後精算)への移行を可能にするし、これにはまた面白い可能性がある。

 経済産業省主導の「IT装備都市研究事業」は、冠に「ICカードの普及等による」と最初からうたっており、行政・民間によるITサービス提供のキーデバイスはICカードであると位置付けている。そのほか、建設ICカードたばこカードなど、各種実証実験が行われている。来年8月以降、希望者に配布されるとされている住基ネットカードについては言うまでもなく、運転免許証、健康保険証など、多くの行政サービスでICカードの活用が計画されている。カードの券面に関しては、凸版印刷、王子製紙などが電子ペーパー付きの非接触ICカードを開発しており、いまだに紙での法規制を引きずるカードへの今後の応用が期待される。

 今や知らないうちに、財布の中に数枚のICカードが入っている時代が到来しつつある。ICカード化は単なる磁気カードの置き換えではない。CPUの付いたICカードは、カード型のコンピュータだ。つまり、個人が数枚のICカードを持ち、1日に数回、読み取り機にかけてデータをサーバーとやり取りする時代が到来したということである。さらにRFIDがあちこちに埋め込まれた時代が来るならば、人々は自分でもあまり気づかないうちに、意識しないままにコンピュータ・ネットワークによって提供されるサービスを受けることになる。ようするに、“ユビキタス社会”が、ICチップの普及によって実現していくというわけだ。

■あらゆる「モノ」がオンラインと現実世界に二重に存在する

 このことがどういう意味を持つか。やがて気が付いたときには我々のまわりはチップだらけとなり、ことごとくIDが振られ、物体はオンラインと現実世界に二重に存在するようになるだろう。個々人や個別の物体(の情報)が、現実世界と同じくらい、情報空間にもきめ細かく存在するようになる。これまでにはない大きな可能性に気づき始めた各事業者は既に動き始めている。

 一方、有料道路の料金所をノンストップで通行できるのが売りの「ETC」のように、莫大な金額をインフラ構築に注ぎ込み鳴り物入りで登場したものの、ほとんど使われていないシステムもある。電子マネーにしても現状では成功しているとは到底言い難い。技術的に可能だからといって、利用者が本当にニーズあるいは利便性を感じるものでなければ成功はあり得ない。

 無線タグや非接触ICカードによって、私たちの住む空間全体が情報化し、気付かないうちに情報インフラサービスを受けられる時代が来る。それは同時に、情報管理社会でもある。知らない間にIDが発行され、記録され、検索される。忌避する人もいるだろう。また、システムが導入されたものの、ほとんど使われない技術も出てくるだろう。普及するかしないか。何が使われ、何が使われないか。それは一般の利用者一人ひとりが決めることだ。官民問わず、サービス提供者はそこを厳しく見分けなければならない。

 変化は見方によって緩やかにも見えるし、急激なものにも見えるだろう。だが確かなことは、遅かれ早かれ、ICチップ時代が絶対に到来するということだ。問題は、そこへの歩み方であり、道の選び方である。それ次第でバラ色の未来が来るか、暗い管理時代が来るかが決まる。消費者(住民)から大歓迎されるか、総スカンを喰らうかも、そこで決まることになるのだ。

筆者紹介 森山和道(もりやま・かずみち)

サイエンスライター。NHKを経て1997年からフリーランス。『日経サイエンス』、『月刊アスキー』等で科学書の書評を担当するほか、『中央公論』などで取材記事を執筆。インターネット上では科学者へのインタビューをメールマガジン『NetScience Interview Mail』で配信している。
個人ホームページ:http://moriyama.com/