IBMウオッチャーであるディジタル産業研究所の古屋隆一主幹は、サービス、サービスと草木もなびく、このソリューションサービス全盛時代に、極めて妙なことを言う。「いつとは言えないが、米IBMは18万人も抱えるサービス従業員をリストラする日が来るだろう。それは、それほど遠い話でもない」。

 同氏は続けて、こう話す。「米IBMはその日の到来を察知しており、盛んに業態転換を考えたプロモーション活動をやっている。ポストサービスはソフトウエアだ。IBMが現在、ソフトにいかに投資をしているか。観察したら自ずと答えが見える」と話す。

 古屋主幹の話を簡単にまとめるとこうだ。60年代後半から70年代初め頃に、今で言うミドルウエアのハードに近い部分が、技術革新の恩恵でフォームウエアという形でハードチップの中に組み込まれた。つまり、ソフトがハードに変わったのだ。それと同じようなことが「サービスの世界で起こる」と古屋主幹は指摘する。人件費の固まりのようなサービスに技術革新を振り掛けソフトにしてしまうのである。ソフトの収益性はサービスの倍以上である。

 IT業界で「ハードやソフトより、サービスを売るほうがビジネスを急成長させられる」とだれよりも早く気がついたのはIBMだ。しかし問題は、IBMがサービスを、技術革新を適用してきた従来の方法になかなか馴染ませることができなかったことだ。IT業界での技術革新というのは、ハードや最近ではソフトという形でパッケージ化され、販売されてきたものだ。

 ならば、IBMのように売り上げの6%弱、金額にして5000億ドルにも及ぶ研究開発投資を行っている企業は、サービス中心時代に入ってから、この巨額な研究開発資金をいかにしてサービス競争力を高め維持するために投じていけばいいのだろうか。おそらくこの問いは、IT業界だけでなく、サービス化が進むすべての業界に当てはまるものかもしれない。「ハードやソフト製品からサービスへとビジネスの価値が移行するに伴い、競争力の性質も変わる。技術を重んじるIT業界でサービスへの道を切り開いたIBMは、他社よりも早くこの問いにぶつかった」(古屋主幹)。

 IBMは、既にこの謎に対する答えをいくつか生み出している。古屋主幹によると、その第1は、研究施設に閉じこもっている研究者を外に引っ張りだし、現実世界へと押し出すことだ。IBMは2002年11月にサム・パルミザーノCEO(最高経営責任者)が「街に出よ」と、IBMのワトソン研究所(トーマス・J・ワトソン・リサーチ・センター)など8つの基礎研究所の研究者3000人に指令を出した。彼らをコンサルティング業務に送り込もうとするもので、03年は150人が現場に出た。

 この「IBM研究者の貸し出し」は、顧客の複雑なシステム案件の解決に投入する頭脳を増やすほか、IBMの研究所に持ち帰り、開発できそうな新しいアイデアを刺激する狙いもある。「しかし、一部の研究者の間では受けが良くなかったし、IBMが期待していたほど前進もしなかった」(古屋主幹)。

 第2の答えは、サービスをソフトに変える遠大なもの。その例として、研究所で開発したアルゴリズムを使い、従来のサーチエンジンよりもさらに奥深くインターネットを探索する新サービスが開発された、と古屋主幹は話す。IBMは現在、ホスティングとコンサルティングを融合させたサービスとして提供しているが、顧客のプロセッサ上で走らせる計画もある。つまりパッケージ化することを検討しているという。

 これは一例だが、現在提供されている多くのサービスがソフト製品になるかもしれない。ここで重要なのは、サービスからソフトへのシフトがどれだけ早く起こるかだ。しかし、これはIBMがサービスをソフト化することで減じる収益をカバーし、かつソフト販売で得られる収益を最大化するには、ソフト化への移行をどのくらい遅らせたらいいのか、IBMがそのポートフォリオに関心があるかどうかで変わってくる。

(北川 賢一=主席編集委員)