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「月の半分以上は出張」という渡邊の鞄には、その日訪れる顧客企業の担当者や協力会社スタッフら全員分の名刺と、空のCD-Rが数枚入っている。名刺は常に顧客単位に束ねてあり、訪問先に近い他企業の名刺の束も持って出る。CD-Rは、プレゼン内容を、その場で顧客に手渡せるようにとの配慮だ。
石油・化学などプロセス系製造業を主要顧客に持つ渡邊の出張先は、都市部からは少し離れた沿岸部にある工場現場がほとんど。最寄り駅から工場に向かうタクシーの中で名刺の束を取り出しては、一人ひとりの顔を思い出しながら名前や役職を確認する。「今日は、どんな課題が聞けるのだろう。この人が出てきたら、どう発展するだろうか」と。
名刺の束を持つようになったのは、担当顧客数が増え、すべてを覚えられなくなったから。「相手が、こちらの名前を分かっているのに、こちらが知らないのは失礼」との思いが、タクシー内での最終チェックを習慣化させた。
だが、その日の商談に向けて「それ以上にあまり準備はしない」という。顧客が今日、投げ掛けてくる課題やニーズに、最大限の“解”を返すには「その場で相手に合わせて考えるしかない」からだ。自身が管理者として面接する場面を振り返れば「準備していないことを聞きたい」だけに“事前の策”は説得力に欠けると映る。
そんな渡邊に「やった!」といえる受注体験はない。むしろ「決まるべくして決まった」との印象という。そこには「商品では絶対に負けない」との強い気持ちがある。「業種・業務ノウハウや最新ITスキルなど何もないが、商品のコア技術では顧客に負けない」と断言する。その上で提案するのは商品の使い方や顧客の判断基準。“何ができるか”は顧客に聞く。「やりたいことは顧客が知っている」からだ。
新卒で勤めた土木建設業界の古い体質が不満で飛び出したものの「新人が朝、挨拶しなかったり、来客前に応接の机を拭いたりしないIT業界は不思議」に映る。渡邊は「相手のことを考えれば、当たり前以前の問題と思うけれど、私も年を取ったのでしょうか」とはにかんだ。
渡邊 佳洋(わたなべ よしひろ)氏 |
本記事は日経ソリューションビジネス2004年9月30日号に掲載したものです。
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