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 日本を代表する大手製造業が、システム運用までも中国に移す時代が近づいてきた。IT費用の約7割を運用・保守に割いている企業が多いだけに、こうした動きがもし活発化すれば、日本のITサービス会社が大きな打撃を受けるのは間違いないだろう。

 「その日は2010年頃までに来る」と野村総合研究所(NRI)の桑津浩太郎情報・通信コンサルティング二部長は予想する。最大の理由は人材コストだ。NRIによると、システム開発では、例えば上級SE/プロジェクトマネジャー級で日本が月額200万円に対して、中国は80万円。SEの場合は日本が140万円で、中国が40万円という。さらにプログラマなら日本の65万円に対し、中国は25万円と約3倍のコスト差がある。ユーザー企業から中国並みのコストを要求されている日本のITサービス会社がこの差を埋めるには、人件費を3分の1にするか生産性を3倍にするしかない。

 日本語という壁に守られたITサービス業界は、今まで海外企業と競争することがなかった。それが中国企業はオフショア開発から一歩進め、日本の大手製造業にシステム運用まで提案するだけの実力を蓄えつつある。もちろん金融機関や官公庁などは、日本企業に発注する傾向が強い。だが製造業には違和感はない。

 例えばトヨタ自動車や松下電器産業、キヤノン、セイコーエプソンなどといった大手製造業は、中国をはじめ世界各国での生産を経験済みだ。こうした企業の多くは勝ち組と言われており、製造の役割分担などグローバル生産体制を築いてきた。もちろん空洞化も知っている。同じことを製造業の経営者がITサービス業界に求めても不思議ではない。

 たとえ社内のシステム部門が「重要なシステム運用を海外に出すのは難しい」と主張しても、経営者は「確かに難しいだろうが、不可能ではない」と言うに違いない。事実、製造業は重要な部分は海外に出さないという時期があったが、現実は次々に海外にシフトしている。「こうした経験から、システム運用の移転も可能だと判断するかもしれない」と桑津氏はみる。

 オフショア開発では、品質を含めてトラブルが出ている、と指摘する業界関係者もいる。だが製造業と同じで、経験を積めば品質は次第に良くなるはずだ。製造業では日本に戻す例もあったが、どこで何を作るべきか、そのバランスは分かってくる。

 中国企業に残された問題の1つは信頼だ。そこで有力企業に合弁会社の設立を働きかけ、日本の代表的な大手企業が「この会社なら発注しても大丈夫」と判断すれば雪崩を打ってシステム運用のシフトが起きるだろう。桑津氏はその時期を85年9月のプラザ合意の経験から予想する。「為替が大きく変動したことで、日本の製造業がそれから5年以内に海外生産(直接投資)に一気に拡大させたという歴史を見れば、本気になれば今から5年以内に運用を中国に移せる」と読む。

 NRIの試算によると、中国における2004年のオフシェア開発・運用は、日本市場全体の需要の1.5%。それが2008年には4.9%に拡大する見通しだ。こうした動きはインドにも広がるだろう。さらに業務アプリケーションの分野だけでなく、携帯電話など組み込みソフトでも同様な展開が始まるに違いない。それらも加えると、さらに多くのIT関連業務が海外に流れる。

 IT人材供給も中国やインドは加速的に増えている。中国は04年の44万人から08年には102万人に増加するとNRIはみている。毎年10万人以上が輩出されるわけで、インドもほぼ同様である。これに対し、日本では約58万人で、増える見込みよりも減る方向にある。数年前から叫ばれている国内のIT業界再編が中国へのシステム運用シフトで拍車がかかりそうだ。中国ITサービス会社の傘下に入る日本企業が出てきてもおかしくないだけに、「発言力のある」(桑津氏)うちに手を打っておく必要がある。そうしないと金融業界のように経営困難に陥り株価が低迷し、外資企業の傘下に入るしか生き残る道がなくなるという事態にもなりかねない。

(田中 克己=編集委員室主任編集委員)