大学に入学した頃から,インターネットがどのように動いているのかに興味があった。調べてみると,ネットワークで通信できるのは,経路制御のおかげであることがわかった。経路制御がうまく行かないと,通信できない。文字通り「ネットワークが死ぬ」状態になってしまうからだ。経路制御を研究している人が私のまわりにいなかったこともあり,これを研究テーマにすることにした。

 「IPv6でのOSPFを実装する」と宣言したとき,周りの研究仲間は「ちょっと難しいからやめておけ」と思ったようだ。知識もまだまだ足りない大学 4年生が一人で研究するには大きすぎるテーマに思えたことだろう。でも,「やりたいんだったらやっちゃえば?」と先輩に促され,取り組むことを決めた。ただし,実装しているときに「お前の研究テーマは,そう簡単にはゴールにたどり着けないよ。ゴールはどんどん逃げていくからな」と教えられた。遠ざかるゴールを必死に追って,今でもWIDE 6boneで運用を続けている。

 6boneでの運用はそれなりに安定している。人にもなんとか認められるようになった。30台程度のルーターで構成したIPv6 ネットワークを OSPF で動かしている。IPv6のOSPF運用をこの規模で続けているのは,世界的にもWIDE Projectだけだろう。

 実装をテストしている時はいろいろな障害に出くわした。あるとき,あるルーターで私が実装したZebra ospf6dを再起動したら,隣のルーターのospf6dが落ちるという現象が起こった。今度はそれを立ち上げ直してみる。するとまた,その隣のルーターのospf6dが落ちてしまった。泣きたい気持ちになりながら原因を探った。最近ではこのような「ネットワークが死ぬ」こともほとんど無くなった。私の情緒もそれにともなって安定してきた。

 もっとも嬉しかったのは,ネットワークをわざと落して通信経路がちゃんと切り替わるかどうかをテストしたときだ。経路が切り替わるのが自分で認識できないほど素早かったのだ。自分で実装したソフトだけに,とても感激した。

 私はSF漫画をよく読むが,その中に「脳をネットワークに接続し,記憶や知識,機能をサーバーからダウンロードする」という世界が描かれていたことがあった。この世界では,経路制御がうまくいかないと,大事なことを思い出せなくなってしまうことになる。でも,経路の切り替えが気づかないほど素早く行われたのなら,そうした心配はなくなるだろう。まあ,だからといって,脳をネットワークにつないでもいいとは限らないが・・・。

 漫画に出てくる夢のような世界を実現するには,経路制御に足りないものが沢山ある。QoS,帯域制御,負荷分散,ポリシー・ルーティング--。挙げていけばきりがない。しかし,目標が高すぎることはないだろう。逃げていくゴールを目指し,経路制御をより優れたものに高めていきたいと考えている。


経路制御
 ルーター・ネットワーク上には同じ相手にIPパケットを届ける場合でもいくつかの経路が存在する。その中から適切な経路を見つける制御を経路制御と呼ぶ。また経路制御のためにルーターが相互にやり取りする制御用プロトコルを経路制御プロトコル,あるいはルーティング・プロトコルと呼ぶ。
OSPF
 open shortest path first。経路制御プロトコルの一つ。IPv6用のOSPFはRFC2740「OSPF for IPv6」として規定されている。
6bone
 世界的に構築されている実験目的のIPv6ネットワーク。WIDE 6boneは,6boneの国内ネット(6bone-jp)の中核ネットとなっている。 Zebra
 IP Infusionの石黒邦宏氏が開発したフリーの経路制御ソフトウエア。
QoS
 quality of service。サービス品質のこと。IPパケット配送においては,遅延やゆらぎ,データ誤り率などに違いがでる。

小原 泰弘
IPの経路制御を研究している。98年に,IPv6の経路制御の一つであるOSPFv3(OSPF for IPv6)の開発に着手。開発成果はフリーの経路制御ソフトウエアである「GNU Zebra」に採用された。99年からはWIDE 6boneでの運用を続けている。