技術者にとってのIPv6の根本的な魅力の一つは,一からインターネットの技術を遊び直せるということだったと思う。IPv4が普及してアドレス不足となったことがIPv6の開発を促したわけだが,その時点でもIPv4は普及し過ぎており,あまり大きな仕様変更は難しくなっていた。

 IPv6の仕様検討の過程では,多くの専門家が長い議論を続けた。その結果,さまざまな変更が取り込まれることとなったが,そこにはIPv4で実現できなかったことを納得いく形で盛り込みたいという多くの人々の気持ちが込められていたように感じる。

 また,IPv6のフリーソフトの世界で,毎日目まぐるしくソースが変わっていく状況を目の当たりにすると,それは単に仕様が変わったからという理由だけでなく,新しい試みやさらなる改良を思い付くたびに,ここぞとばかりに試してみたいという意志が働いていたように感じる。今試さずにいつ試すのか--。こんな気持ちを抱いていたのではないだろうか。

 技術を製品に取り入れるという観点で見ると,まずはその技術を十分に遊び尽くしてから製品化するという姿勢が重要だと思う。何故なら,技術を遊び尽くせばその技術の利点や欠点を十分理解することができ,それを製品設計に反映できるからだ。つまり将来的に起こり得る問題や要求を予想した上で,それらの事柄にあらかじめ対応しやすいように設計できるようになる。

 十分に技術を遊び尽くすことがないままにどんなに頑張って製品を作っても,将来起こり得る問題を想定した設計がなされていなければ,次々に起こる新しい要求や問題に対応するために設計をやり直さなくてはならない。結局その製品はつぶれてしまう。

 そういう意味でIPv6は,IPv4では十分遊ぶ余裕のないまま製品を開発し,苦労してきた後発メーカーに,はじめてきちんとしたネットワーク製品を作れるよう仕切り直しのチャンスを与えてくれるものだったとつくづく感じる。

 IPv6も今後はいよいよ世間への普及というフェーズを迎える。これまでは,先進ユーザーがフリーソフトで動かしていたが,これからは一般社会の中にどう普及させていくかが重要なテーマとなる。研究者や開発者の努力の成果を,ちゃんと一般の人々の手に渡すようにすることが,最終的なIPv6の目的であるべきだと思う。

 IPv6が普及するためのポイントは,(1)製品による安定したサービスの提供と,(2)一般社会が受け入れる魅力的なサービスの提供--にあると思う。

 まず製品サポートについてだが,IPv6のような通信基盤を支えるプロトコルでは,やはり製品による安定したサポートがないと一般社会には普及しない。開発者の立場から,製品が安定したサービスを提供するための条件を挙げると,「ある瞬間に新規改造を凍結したソースコードをベースとして,大勢の人間がひたすら根性を入れてデバッグを続ける」という作業が欠かせない。

 そうなるとどうしても,IPv6の根本的な魅力の一つであった“"自由自在の機能拡張”を諦めなければならない。その結果,引続き最先端の研究を行うIPv6分野と,そのうしろから一足遅れでついていく製品や実用サービスとしてのIPv6分野という2極化が起こってくるのではないかと思う。

 この意味で,一般社会への普及がまさに始まろうとしている現在は,IPv6の歴史の中でも一つのターニング・ポイントとも言える時期にさしかかっているのではないだろうか。

 つぎに魅力的なサービスについて。これは今後ますます重要になるテーマだ。IPv6の可能性とチャンスを信じ,さまざまなtryを試みる多くの起業家の登場が期待される。ここで魅力的なサービスとは,一般の人にとってどう魅力的なのかということであり,シーズではなくニーズに視点をおくことが大事になるだろう。つまり,一般の人が喜ぶことを第一とし,その実現に向けて,たとえ技術的に困難な課題であっても向かっていくというアプローチである。

 さて,私の仕事はルーター「GeoStream」の開発である。今後IPv6のサポートに力を注いでいくことになる。IPv6がごく一般的な日常的に使われるサービスとなったとき,自分がかかわった製品がそのサービスの一役を担っているとしたらとても興奮するだろう。そんな日が来ることを楽しみに,より安定したサービスを提供できるよう製品開発に取り組んでいきたい。



井上 良信
入社してルーター製品を企画する部署に入り,日々RFCを読んだり,IETFに出張したりしていた。やがて開発部門に移り,IPv6ルーターを試作する。相互接続の相手を求めてWIDEプロジェクトのv6 campに参加したのが縁で,KAMEプロジェクトに参加。大それたことにFreeBSD4.0へのKAMEの取り込み作業なども行った。現在はキャリア向けルーター製品の開発に専念する。趣味はサッカー。日本代表の活躍が心の支え。2002年W-cupは楽しみだが,大事な試合をど うすれば仕事中に生観戦できるか思案している。