すべては,学生だった冬,Internet Weekのプログラムの一つである「6bone-jp BoF」に出席したことから始まった。

 そこで発表されている内容は,学生だった私にとって雲の上の話だった。ただ,「世の中には時代の先のことを考えて研究している人がこれだけたくさんいるのか,自分もがんばらなければならない」――そう思ったことだけは今でも鮮明に覚えている。そのときにもらった「かめステッカー」は私の机に貼られたままだ。眺めるたびに,そのときのことを思い出す。

 その後,研究活動が忙しくなってIPv6から離れてしまったが,会社に入って再びIPv6と巡り合うこととなった。これも何かの運命かもしれない。

 入社して数カ月たった日,ある出来事がおこる。自分が使えるデスクトップPCにFreeBSDをインストールし(その時点でFreeBSDは既にIPv6 readyだった),何気にping6を実行してみた。なんと,部内の数台のマシンから返事が戻ってきた。ここにもIPv6な人達がいるではないか。これがメインのミッションとしてIPv6に取り組むきっかけとなった。

 最初はzebraでルーティングし,部内でIPv6対応のOSを入れている人に声をかけてIPv6ネットワークを拡張していった。拡張するたびにping6を打ち込んだ。当時は,これだけでも飛び上がりたいほど嬉しかったのだ。たぶん,似た経験を持つ人は多いのではないだろうか。今の時代,ping一発でこれほど喜びが得られるテクノロジーがあるだろうか。あとはMPLSぐらいだろう。

 さて,私はサーバーよりルーターを好きな部類に属する。「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるが,やはり好きなものは自然と得意になる。IPv4ルーティングに関しては,このエッセイの主旨から外れるであろうし,私以上に詳しい方がたくさんいるだろう。ここではIPv6のルーティングについて私見を述べたいと思う。

 IPv6のルーティングはIPv4から何が変わるだろう――。こんな疑問を持つ方はまだたくさんおられるに違いない。私も劇的に何かが変わると思っていた一人である。

 だが,実際に取り組んでみると,ほとんど変わるところはないようだ。確かにルーティング・プロトコルの仕様やネットワークのデザインという観点では,気にしなければならない点がある。それでも基本となる部分は何も変わらない。そのため,IPv4で学んだ経験をIPv6で活かすことができる。良い点,悪い点,さまざまなるがどれも無駄にはならない。次のステップに活かせること――これが経験というものだろう。

 ネットワークの運用から見ると,マルチホームルーティング・テーブルの増大,ルーティング・テーブルの増大に伴う高性能ルーターの必要性など,IPv4はいくつもの問題を抱えている。これに対してIPv6は,経路集約を目的としたグローバル・アドレスの割り振りや,アナウンスできるアドレス・ブロックの個数に制限があることから(今のところ、1AS 1prefixが基本である),ルーティング・テーブルは縮小すると考えられてはいる。

 ただし,運用面から考えるとIPv6は矛盾を抱えていると思う。

 IPv4では,保有するアドレス空間内のアドレス・ブロックを細かくわけてアナウンスし,戻ってくるトラフィックをコントロールするといったテクニックが使えた。しかし,IPv6ではアナウンスできる経路がただ一つなので,このテクニックは使えない。

 また冗長性を持たせることを目的としたマルチホームも,IPv4のときよりはるかに難しい。IETFのIPng wgmulti6 wgngtrans wgで検討され,internet-draftが公開されてはいるが,決定的な解決策はいまだ見えていない。経路集約とトラフィック・コントロール,そして冗長性が目指すところがそれぞれ別のところにあることが,こうした問題をより難しくしている。

 私はオペレータの立場からIPv6に取り組んでおり,研究者というわけではない。この立場で,先ほど挙げたIPv6が抱える矛盾を運用レベルで解決できるように考えていきたい。これが,私が所属しているIPv6オペレーション研究会の目標であり,私個人の目標でもある。

 研究者と呼ばれるより,オペレータと呼ばれる方が嬉しい。また,研究者としてIPv6を見るより,オペレータの視点からIPv6を見ている方が好きだ。なぜならオペレータであれば現場にいることができるからだ。困難な状況のとき,その渦中にいると相当苦労する。しかし,得られるものは大きい。だから今,ここにいるのである。



マルチホーム
 あるネットワークが,インターネットに対して複数の到達性をもつこと。
ルーティング・テーブルの増大
 ここで対象としているルーティング・テーブルは,default routeが存在しない経路,つまり一般的にfull routeと呼ばれている経路表のこと。インターネット接続事業者(プロバイダ)の多くは,インターネットへの接続性に冗長性を求めるためにマルチホームし,隣接する組織(AS)から経路をもらっている。同じ相手への経路もどんどん増えるので,ルーティング・テーブルは日々増大している。このほか経路数が増大した原因には,トラフィック・コントロールの目的で,自らがもつアドレス空間を細かく分けて他のASに伝えている(広報している)こともある。現在,full routeは10万経路を超えている。
経路集約
 経路数が増えれば,それだけルーターにかかる負荷は大きくなる。ただし,経路をまとまった単位で扱うことができれば,ルーターにかかる負荷を抑えられる。そこで経路をある程度まとめ,その整理されてまとめられた単位で経路を広報するような運用がとられている。このように経路をまとめ,広報する経路数を少なくすることを経路集約するとか,aggregation(アグレゲーション)するとかいう。IPv6アドレスは,集約可能な階層的なアドレス構造を持つので,経路集約しやすい。
アドレス・ブロック
 ある組織,あるいはあるネットワークに割り振ったアドレス空間のこと。
1AS 1prefix
 IPv6では,full routeを減少させるために,一つのASが広報可能なアドレス空間をそのASがもつIPv6アドレスにのみ制限している。
IPng wg
 IETFのWorking Groupの一つ。次世代のインターネット・プロトコルについて主に議論する。IPv6はこのwgで議論されている。
multi6 wg
 IETFのWorking Groupの一つ。IPv6におけるマルチホームについて議論している。
ngtrans wg
 IETFのWorking Groupのひとつ。IPv4からIPv6への移行の際に起こりうる問題について議論している。

向井 将
IPv6オペレーション研究会のco-chairを務める。学生時代にIPv6と出会い,かめステッカーをもらったことがIPv6に取り組むきっかけとなった。大阪メディアポート入社後に再びIPv6に出会い,今はIPv6をオペレーションしている。しかし普段はIPv4のオペレータであるので,いわばデュアルスタック・オペレータ(?)といったところか。IPv6トラフィックが伸び悩んでいるのが,最近の悩みである。