TAHIプロジェクトの新たなテーマは,いわゆる情報家電など低コストな機器をネットワーク化することだ。そうした機器は,(1)従来のような煩雑な設定が難しい,(2)数が多くなる――ことが予想されるので,IPv6 にふさわしいアプリケーションとなるはずだ。これを実現するために作成したのが「情報家電向けIPv6最小要求仕様」である。

 そもそもの発端は,私が携わっているインターネットノードの立ち上げ(2000年後半)にまで遡る。当時,8ビットCPUベースの組み込みシステムに,アセンブラでIPv6ネットワーク・コードを組み込まなければならなかった。IPv6 のRFC,Internet Draftは多岐に渡り,すべてを実装することはかなわなかった。

 どれかを切り捨てなければならない――。だが,どれを切り捨てるかを判断するための明確なガイドラインはない。結局,独自に基準を作って,仕様を圧縮するしかなかった。

 開発も一段落した頃,次のことに気がついた。まず,他の組み込みエンジニアも将来同じことで悩むだろうこと。そして,みんなが同じ基準の最小仕様を実装しないと,相互運用性を確保できないといった問題に発展しかねないということだ。

 この最小仕様について,いろいろな人と議論してみた。すると,「仕様をドラフトにまとめねば」とか,「テストツールも必要だよね」といったアイデアが続々と出てきた。そんな議論を進めていく中で,「それって,TAHIプロジェクトのテーマだね」ということに落ち着いた。WIDEプロジェクトと情報処理相互運用技術協会(INTAP)の支援を受け,現在のメンバーと約1年ほど検討を重ねて,Internet Draftとしてまとめるところまで辿り着いた。

 当初は,IPv6 と IPsec の最小仕様をまとめれば良いだろう」と思っていた。だが,1年間の議論を経て,目指すところはかなり変わった。情報家電のように限られたコストおよび資源の範囲でネットワーク機能を実現するには,ハードウェアからアプリケーションまで考慮した上でなければ,適切な最小仕様を決められないのだ。

 特にセキュリティは悩ましい課題である。最近の状況を見れば,PCに比べてはるかに安価な情報家電製品でさえも,セキュリティをまったく考慮しないことは許されないだろう。しかし,一般ユーザーが使いやすいと感じられるようなものを,低コストで実現しなければならない。これを両立させるのはなかなか厄介であり,いくつかの領域に分けて検討していく必要がある。

 まず技術そのものの課題。なんと言っても,妥当なコストで実現できるセキュリティ技術が必要になる。IPsecは重要な要素だが,それだけですべてを解決できるわけではない。

 次にユーザーの意識。現時点で多くの人は,セキュリティのためのコストを負担する意識はないだろう。いくつかの不幸な事故を経験しないと,セキュリティに対する意識が変わらないかもしれない。

 そして制度の問題もある。事故を未然に防ぐ,あるいは起こった時に利用者を救済する制度が必要だろう。また,予測不可能な原因による事故に対する何らかの免責も欲しいところだ。メーカー側も,将来の未知なネットワーク的脅威は予測できないからだ。

 ここで述べた3つの問題が同時に片付くとは思えない。となれば,段階的な問題解決を前提とした普及シナリオが求められるだろう。これらの課題解決に対する活動は,TAHIプロジェクトの範疇を超えている。それにふさわしい組織(例えばIPv6普及・高度化推進協議会や政府など?)が主体となって解決に当たって欲しい。もちろん,TAHIプロジェクトとして,その活動に何らかの貢献ができればと思ってる。

 最後に,従来のTAHIプロジェクトの活動(IPv6テストツールの開発,テストイベントの主催,他テストイベントのサポート)も忘れてはならない。それぞれの活動は充実しているが,詳細は別の機会に。



情報家電向けIPv6最小要求仕様
 情報家電や白物家電といったコンピュータ以外の電子機器でIPv6を動かすためのガイドラインとなる仕様。v6wordのページはここ
RFC,Internet Draft
 RFCはRequest For Commentの略で,IETF(http://www.ietf.org/)の発行する公式な仕様書のこと。Internet Draftは,RFCにするための提案書。IETFにおける標準化のプロセスについてはRFC2026にまとめられている。
テストイベントの主催
 TAHIプロジェクトが世界中のメーカーや非営利団体に呼びかけて実施するIPv6機器・ソフトの相互接続実験(TAHI IPv6 Interoperability Test Event)のこと。これまで3回実施されている。v6wordのページはここ

岡部 宣夫
1995年にネットワークの世界に足を踏み入れ,以来IPv6にどっぷり。当初はTAHIプロジェクト専業でテストを書く毎日だったが,最近はインターネットノードという別会社の帽子をかぶり,IPv6スタックやシステム開発にも関わっている。晴耕雨読な生活を夢みつつも,まったく正反対の日常を送る。