商用のIPv6アドレス・ブロックである「sub-TLAアドレス」を取得してから早2年半になる。ここで激動の2年半を振り返ると共に,今後のInternet(敢えてIPv6とは言わないでおく)に対する期待を書きたいと思う。

 NTT CommunicationsとしてsTLAを取得したのは1999年秋のこと。日本の商用ISPとしては初の試みだった。当時を思い起こすと,社内でIPv6に従事していたのは3名程度で,しかもIPv6という未知の世界に踏み込むために会社を動かすのに相当の労力を要したことを記憶している。

 当時はIPv6というものの社会的認知度もほとんどゼロに等しい状況だったため,単にVersionが上がるだけなら,特別な準備などしなくても,時期が来たら対応すればよいのではないかといった意見もあり,その必要性・戦略性について説明する日々の連続であった。

 その後,OCNでのトンネリング実験や米国での商用IPv6 IXサービス,欧州での試験サービスなどを提供し,昨春ようやく日本で商用サービスを提供するに至った。OCNトンネリング実験では,開始当初の予測ではせいぜい数十名の実験利用者が集まれば成功かなとも思いながらスタートさせたが,最終的には約200名もの方に使っていただけた。この数字だけを見ても,IPv6に対する期待の大きさを感じることができる。

 この間,Networld+Interop2000やINET2000にIPv6の先進性を生かしたデモ展示を行ったり,Glovbal IPv6 Summitにて取り組みを紹介したりして,IPv6の普及・啓蒙にも力を入れてきた。

 特に注力してきたのは,IPsecを用いたEnd to Endでのセキュアな通信の実現や,マルチキャストによるデータ伝送の効率化,あるいはMobile IPv6を用いたアドレスのポータビリティの実現など,IPv6の世界において活躍するであろういくつかの特徴的な基礎機能の実用性確認を,グローバルなIPv6バックボーンを用いて実施してきた。世の中的にも,国家施策の話やIPv6コミュニティの活発な取り組みなどもあり,IPv6への認知度も徐々に高まってきて,社内における理解度も深まった。これにより,昨春の商用サービスを提供する段階においては,グローバル・バックボーンを24時間365日体制で監視運用するスタッフや,販売営業体制を整えることができた。商用サービスのバックヤードでネットワークの設計や運用サポートする部隊も充実させることができ,今ではIPv6専属の技術スタッフを豊富に揃えられるようになってきた。

 IPv6ネットワークを構築するときは,ネットワーク・トポロジーを一から考え,運用ポリシーを決定し,サービス提供までのすべての業務を一貫して実施した。このため,とても大きな充実感を得られることができた。IPv6スタッフを増やす場面では,この満足感を餌に,この手の仕事を好んでいるIPv4のエンジニアを引き抜くこともあった。

 IPv6の商用化に当たって,IPv6という未知なる可能性を秘めた新しいビジネスを展開していくために,まずはISPがコネクティビティ・サービスを定義することが最優先であるという判断があった。一言でIPv6と言われ,最近では徐々に市民権を得つつあるこの単語だが,単語が一人歩きし始めている感もある。それは,この言葉に実にたくさんの意味や期待が込められているからだと思う。

 おおざっぱに括ると,既存のインターネット(IPv4)の問題点を解決することへの期待(アドレス枯渇問題やルーティング・テーブル肥大化問題の解消など)と,新たな機能に対する期待(IPsecの標準装備,プラグアンドプレイ,品質制御など)がある。そうした意味において,ある人が「IPv6」といったとき,その人が実際には何のことを差しているのか,何を望んでいるのかを理解することがとても重要になってきていると思う。

 一般ユーザーにとっては,そこで使われているプロトコルがIPv4なのかIPv6なのかはどうでもいいことである。プロトコルを意識することなく,より良く,より便利で,より楽しいアプリケーションが提供されることを望んでいるはずだ。夢を語りだしたらきりがないが。

 IPv6のキラーアプリの登場を待ちわびて久しいが,ISP各社も様子見段階を卒業して準備・離陸段階へ移行しつつある。今年・来年あたりにはいくつかの新しい具体的なアプリケーションが登場してくると期待している。実際,昨年各所で行われた展示会などでは,具体的なIPv6の利用シーンがいくつか登場してきている。

 新しい利用シーン,新しいアプリケーション,今までのインターネットの利用事例からは想像もできなかったようなサービス--。現状のインターネットから一皮も二皮も剥けた新しいインターネットの世界は,着実に近づいている。

 つまるところIPv6の使命は,一般のユーザが今より快適な生活を得ることといえるだろう。ビジネス・マーケットもそこにあると思う。我々が商用IPv6コネクティビティ・サービスを立ち上げた本当の目的は,そういう世界をいち早く考えてもらうための土壌を提供するところにあった。

 IPv6が普及したとき,徐々にではあるだろうが,日々の生活が今よりも快適なものになっていると思う。そういう時代において一般の人たちは,きっとそのベースがIPv6というプロトコルにより支えられているとは知らずに生活するだろう。逆説的に言えば,知名度が高まるということは,IPv6にとって本来あるべき姿ではない。一日も早く次なる段階へ移行して,一般の人々にとってIPv6が意識しないような形で浸透する日を待ち望んでいる。

江坂 慎一
NTT入社以来,パケット交換/フレームリレー/IPと,データ交換系の開発畑を歩む。恐らくNTT最後の内製データ交換機となる,フレームリレー交換機の開発を終えてからは,OCNの立ち上げ,社内網の充実,そしてIPv6とInternet系のネットワーク開発に専念。最近ではグローバルIPv6バックボーンの設計から運用まで,一癖も二癖もあるエンジニアをなんとかまとめるのに苦心している日々が続く。家庭では子煩悩であり,週末には三人の息子と共にベイブレード大会に明け暮れている。