私はイー・アクセスで,他社と相互接続を行うにあたって交渉をしたり,社内のプロジェクトがうまく進行するよう調整したりする部署にいる。昨年,イー・アクセスが「IPv6普及・高度化推進協議会」主催の「IPv6アクセス網および情報家電による実証実験」に参加するにあたり,社内では「IPv6プロジェクト」が開始され,一担当者としてアサインされた。

 当時,私はプロジェクトの行く末にかなり不安を感じていた。なぜかというと,IPv6は何年も前から,技術上の研究やIETFでのプロトコル策定が次々と行われてきたが,私がプロジェクトにアサインされた昨年7月時点では,一般コンシューマ向けにはまだ普及する様子が見られなかったからだ。この時点で,イー・アクセスのようなコンシューマ向け事業者が関わっていく意義は何だろうと考えてしまったのだ。

 実際,IPv6にしなければならないようなコンシューマ向けサービスというものは具体的にはまだ見当たらない。本来は,IPv6の普及には「IPv6だからこそ実現可能」とか「IPv6でやればすごく簡単」などといったモチベーションが必要だ。そうでないならば,IPv4からIPv6への移行は,IPアドレスの枯渇や経路増大を防止するために必要なだけで,数年前に電話番号が10桁から11桁に変わったように,皆が苦労して行わなければならない義務のようなものだということになるだろう。

 もちろんその場合でも,実際に移行しようとなったときに,ISPやエンド・ユーザーのニーズにいち早く答えるため,今のうちに勉強やノウハウの蓄積を開始しておかねばならない。そんな気持ちで当初はプロジェクトに関わり始めたのであった。

 プロジェクトが進行するにつれ,二つの興味深いことが生じてきた。一つは,非常に実験的ではあったが,IPv4トンネリングを使ったサービス提供というだけでなく,ADSLプロバイダとしては初めて(IPv6の世界で日本初,ということはつまり世界初なはず)ネイティブのIPv6をユーザーに提供できそうなめどが付いてきたこと,もう一つは,この実証実験に参加している端末メーカーから,ネット家電的な機器がいくつか提供されたことである。

 イー・アクセスはADSLホール・セールといって,ISPに対してADSLアクセス・インフラを卸売りする事業者である。つまり,共通のADSLアクセス・インフラを複数のISPのユーザーが相乗りして使うことになる。

 ホール・セールでの接続では,どのユーザーがどのISPに所属するかを認識し,そのユーザーのリクエスト・パケットをISPのバックボーンまで運んで行き,さらにインターネット側から来るデータを,そのユーザーに対し運んでいかなければならない。これをイー・アクセスではBRAS(Broadband Access Server)と呼ばれる機器,およびPPPという技術を中心にして実現している。

 ネイティブでIPv6サービスを提供するためには,このBRASの一部の機能をIPv6に対応させなければならない。これについてはルーター・メーカーの協力が得られたため,実証実験でネイティブIPv6サービスを提供することができた。

 ところが,ADSLホール・セールでIPv6をコンシューマ向けに大規模に展開するには,もう一つ大きなハードルがある。IPv4ではPPPなどの仕組みによって,宅内端末に対しIPアドレスやゲートウェイ,DNSなどの情報を,プロバイダのネットワーク側から自動設定することができる。一方インターネットから宅内端末へ到達するための経路情報については,顧客管理システムと連動してプロバイダのネットワーク設備に自動設定する仕組みが整っているが,今は,IPv6ではそれができない。

 特にIP技術に関心のない一般的なユーザーは,IPアドレスなんてトラブル・シューティング・マニュアルでしか見ないだろう。しかもIPv6の場合,「:」で区切られたいくつもの16進数の文字列を打ち込まねばならない。一般的なユーザにとっては気が遠くなる作業だし,それをサポートするのも大変だ。

 また,ユーザが増えるたびに,ネットワーク側の機器に手で設定を打ち込まなければならないとしたら,大規模展開など不可能である。

 つまりIPv6におけるプラグ&プレイ機能は,未だ発展途上にあるといえる。IPngという,IPv6標準化活動が行われている場では,日々,DHCPやPPPに類するIPアドレス自動割当の仕組み,DNS検出方法の仕組みなどについて議論がかわされている(http://playground.sun.com/ipng/)。

 この辺の標準化さえ終わり,ネットワーク機器および端末製品に実装されてくれば,なかなか面白いことになる。私が期待しているのは,IPv6の機能を活用したネット家電のようなものが登場してくることだ。必ずしもネット家電でなくて別の何かかもしれないが,性質的には家電的な製品やサービスであると思う。

 家電製品を使うとき,ユーザーはそれを実現する技術にはほとんど関心がなく,ただボタンを押したりダイヤルを回したりして使うだけだ。そのような製品と,IPv6の組み合わせが,IPv6の普及に対する鍵となるはずだ。

 ネット家電はIPv6を必要とし,IPv6の普及はネット家電を必要とするといった,インターネットとWebみたいな,切っても切れない関係が,IPv6の普及には必要だ。

 その組み合わせにおいては,IPv4はもはや必要ではなく,IPv6オンリーのネットワークが提供されることも考えられる。なぜなら,現状,IPv4で利用されているようなコンテンツは,わざわざIPv6化する必要はないし,IPv6を必要とするサービスは,IPv4から使える必要はない。

 その場合ユーザー宅内のネットワークの出口は一つであることが望ましいだろうが,いまどきはDSL,FTTH,ケーブル,無線LAN,電灯線LANと,いろいろなアクセス・サービスの選択肢があるから,IPv4とIPv6で全然別の口が提供されてもいいかもしれない。

 さて,実証実験の一環としてIPv6普及・高度化推進協議会が行った企業やユーザーへのアンケートでは,大多数が,IPv6が実際に世の中で普及を開始するのを2005年と見ているのだが,それでは全く遅すぎる。これまで長い間,研究・開発が続けられてきて,これからまだ後3年も普及開始にかかるようでは,IPv6はもはや永遠に普及しないのではないかと,不安になってしまう。

 できれば世界に先駆けてさっさと始めてしまい,NTTドコモのiモードだとか,韓国のオンライン・ゲームみたいに,国内だけでも大きな市場に成長すると面白い。何とか2005年と言わず,2003年にも「普及開始」できれば良いと思っている。

 早くプラグ&プレイを実現するための標準がまとまり,ネットワーク機器や家電製品に実装されて欲しい。そして,IPv6ならではの画期的なサービスが,コンシューマに大規模展開する場に,ぜひとも2年以内に立ち会いたいと思っている。そのための働きかけや仕掛けづくりをイー・アクセスで積極的に行っていきたい。

神保みはる
 日本で個人向け商用インターネットが立ち上がったばかりの1995年,この業界に入った。2000年,ADSL立ち上がりの兆しを見て,いてもたってもいられなくなり,イー・アクセスに入社。ブロードバンド市場の立ち上がりを現場で体験できて幸運だった。次は,IPということをユーザが意識しなくなるような,新種のIPサービスの普及を見てみたい。