私がインターネットにかかわったのは,かれこれ10年ほど前のこと。ちょうど米国でインターネットの商用化が始まりつつあった頃で,それを日本でも商用化できないかと持ちかけられたのがきっかけである。結局,日本初のIP接続による提供は別のプロバイダに譲ったものの,UUCPによる国内初のインターネット接続サービスを始めることができた。

 VAN事業が中心だったその会社は,親会社が巨大な通信機器ベンダーであるということも手伝って,一歩間違うと既存の通信事業にとってマイナスとなりかねないという懸念など,インターネットのサービスを事業展開していく上でいろいろな苦労があった。

 例えばこんなことがあった。「何ができるのか」といわれて「ftpやメールやgopherがあります」と言ったところで,それらのツールは個々のユーザー自身がどこからか探して持ってきてもらわなくてはならない。「顧客に取ってのメリットははっきりしないが,接続性だけはあります」――そんな有様だった。

 「パソコン通信でいいじゃないか」――こんな声もしばしば聞かれた。当時はパソコン通信が全盛を誇っており,メールにしてもファイルのやり取りにしても,たいていのことはパソコン通信で十分できる。インターネットとパソコン通信がどう違うか,インターネットならではのメリットは何か,そんなことを掲示するのは一苦労だった。

 その当時,インターネットに接続し,利用するためにはユーザー側でやらなければいけないことが多く,その点だけを取ってもハードルは高かった。さらに,当時,圧倒的に接続性のある組織は学術関係だったにもかかわらず,商用組織から学術組織へのトラフィックは慎むようにという慣習があった。これは,インターネットに参加する学術組織がインターネットの商用利用を制限するというAUP(Acceptable Use Policy)で運用していたことが影響していたようだ。

 このような状況であったため,当初は営業部門の正式メニューと見なされず,営業担当がいなかった。結果として,社内プロジェクトとして,プロジェクトのまとめ役と新卒数名が営業にあたらざるを得ない状態だった。

 それが,商用サービスを開始して2年のうちに,Windows 95にPPPのクライアント・ソフトウエアが組み込まれ,個人ユーザー向けのサービスが大きく展開されるようになる。ユーザーがどんどん増え,市場が大きくなっていくことを実体験・実感を持って見てこれたのは,得難い幸せな経験だったと思う。

 Webが一般化した今では「Webによる企業広告の効果は絶大である」という営業もできるし,iDCのように安定的にWebコンテンツを配給するテクノロジも育っている。必要は発明の母であるを身をもって体験してしまった感じである。

 さてIPv6であるが,今は「何がメリットなのか分からない」状態にあり,商売にするのに困る段階といえそうだ。この意味では,ちょうどインターネットを始めた状態に戻った感覚が芽生える。“IPv6推進派”はとかく普及を急いでいるようで,自分達で立てたスケジュールにがんじがらめになっているように見えたりする。

 今がIPv4の成熟期で一番栄えている時期と考えてみると,まさしく,IPv6はパソコン通信全盛の中で船出した商用インターネットと同じである。ISDNだって,今をときめくADSLだって,思惑通りのスケジュール通りには普及しなかったと聞いている。

 また,Windows 95で大々的に普通のユーザーも気軽に使えるようになったが,その前のWindows 3.1の時にもPPPのクライアント・ソフトを用意して一手間かければ接続はできた。Windows XPで正式にIPv6がサポートされたといえども,まだ一手間必要な状況であるのは,Windows 3.1+Chameleon時代と同じではないだろうか。普及するには,避けては通れない踏むべき段階というものがいくつかあるのだろう。

 ただしIPv6には,情報家電・ネット家電という新しいジャンルを開拓するという,これまでにない側面がある。過去にもネット家電を開発,提供していたメーカーはあったが,業界全体が同じ方向に向かってる点は新しい試みといえそうだ。IPv4でもネット家電は実現できるはずであるが,ここにきて実現性が出てきたのも,IPv6の広大なアドレス・スペースにより,P2P利用時のアドレス不足の心配がなくなったことが大きいのだろう。

 もう一つ昔話をすると,IPv4の枯渇という問題は,CIDRやNATというテクノロジを生み出し,それによる市場も創出した。NATはその後,firewallというテクニックをうまく吸い込んで,セキュリティ対処方法としてポピュラリティを獲得した。人間とはとても創造力と対処力に長けていると思う。そう考えると,CIDRやNATではなくIPv6という対処方法を持ってくるとどうなるのか楽しみである。きっとまた新しい何かが生まれるのだろう。

 私達はすでに一度,インターネットという市場を作り出した実績があるのだ。IPv6という括りではなく,将来のインターネットがより便利で使い易ければよいと思う。私達は,IPv6のネットワークだけを提供しているのはなく,それを含んだ,もっと大きな環境を提供している。そう思えば,1年や2年の差など気にならない。よいものは市場が選び取っていくだろうから,地に足をつけて,インターネットそのものをよくする技術開発,運用をしていこう。歴史はきっと繰り返すのだ。

廣海緑里
 AS2915→AS9609を経て,現在AS18146。最初の会社での専用線リセール・サービスから始まり,EDIソフトウエア開発,業界VAN向けソフトウエア開発などの後,商用インターネット接続サービス立ち上げに参画。運用・監視・保守・顧客サポート,レジストリ業務,顧客DB設計・運用・管理,サービス企画を行う。その後,苦労した回線まわりの業務でISPを幸せにしたいと思いたち,通信事業者に転職。現在は,IPv6の大御所達とインターネットの将来を考える毎日。