私がIPv6に関わり始めたのは,旧科学技術庁系の研究ネットワークである省際研究情報ネットワーク(IMnet:Inter-Ministry Reserch Information Network)の設計・構築・運用業務を担当し始めてからだ。IMnetは日本でも比較的早期からIPv6を試験導入していたISPであり,当時はIMnetとも関係の深いAPAN/TransPACを利用して米国シカゴにある6TAPとダイレクトにIPv6接続を行っていたほか,国内では大手町にてNSPIXP6と接続するなど,積極的なIPv6展開を行っていた。

 IMnetは2001年度中には,IPv6正式サービス開始にあたってバックボーンの完全IPv6化を実施したのだが,当時はIPv6ネットワークの設計に関して今ほど情報や明確な指針があるわけでもなく,「IPv6でネットワークを作るとしたら,こうだろう」と自分の頭の中で整理しながらの設計であった。今となっては手直ししたい部分もちらほらあるが,この時の経験は自身の貴重なノウハウとなっている。

 IMnetは商用のISPではなかったが,接続サービスを提供する以上,ネットワーク監視は必要である。ところが当時はIPv6上で満足にネットワーク監視できる環境がまだなかった。接続しているかどうかを監視するツールすらなかったのである。

 そこで定期的に各IPv6インタフェースにIPv6でPINGをうって,落ちていたらトラップをあげるようなスクリプトを作成して利用していた。のちに他のISPのネットワーク管理者の人たちに聞くと,どこでも似たようなツールを独自に作って監視していたようである。現在はIPv6に対応した商用製品がちらほら出始めており,ようやく環境が整いだした感がある。

 IMnetについてはその役目を2003年10月に終えることが2001年夏に決定され,段階的に学術情報ネットワークSINETと統合を果たすべくネットワーク統合の設計をした。その際に重視せざるを得なかったのが,IPv4ネットワークの確実な統合である。結果,IPv6は二の次となってしまい,せっかく構築したIMnetのIPv6ネットワークは全撤退(SINETのIPv6サービスにより代替)することになってしまった。

 両者の利用比率を考えると,現在はまだまだどうしてもIPv4を重視せざるを得ないのは仕方のない話ではあるが,泣く泣くsTLAを返却した際にAPNICから「なぜIPv6の運用を止めるのか」とちくりと言われたのを今でも覚えている。

 現在,IPv6への移行に関する技術調査検証を実施し報告書にまとめているが,これには今までの経験・ノウハウが非常に役立っている。最近はIPv6関係の書籍,ドキュメントなども増えてきており,IPv6の敷居は低くなってきていると思う。このようなIPv6関連情報の増加により,IPv6の普及が今後一層進んでいくだろう。

 昨今,特にIPv6への注目度が高まっていると感じている。実際,私の所属する部署は特にIPv6専門の担当ではないのだが,それでも現在部署の担当十数名のうちそのほとんどがIPv6がらみの仕事をしている。今,それだけIPv6は期待されているのだろう。自分としても,今後IPv6をさらに盛り上げることに微力を尽くしていきたい。



渋谷 洋平
NTTコミュニケーションズ入社以来,省際ネットワーク(IMnet)のIPv4/IPv6バックボーン・ネットワーク・サーバサービスの設計・構築・運用を担当。同時にIPv6関係の技術調査検証などにも従事する。現在は,ISPのIPv6移行モデルについて検証・評価を行っている。学生時代からの趣味であるアジア放浪熱が最近復活中。GSM携帯とインターネットを駆使して現地から仕事をこなしたりもする。