扇子 忠 オニックス・ソフトウエア取締役副社長

 今回は,eCRMで重要な顧客情報の活用について見てみましょう。今やインターネットに接続すれば,店舗に行かなくても商品や価格情報が得られる時代です。詳細な情報を持つ顧客は企業にとって手ごわいものです。顧客は,常に自分が気が入ったものを探そうとしていますし,より安い価格で買いたいと思っています。

 インターネット時代に,これらの見込み客を引きつけるには,顧客全体の購買履歴から潜在顧客のニーズやウォンツを先取りし,販促を打ったり,特定の既存顧客が次に買いそうな商品を過去の購買履歴から察知し,積極的にアプローチして,販売に結び付けられる仕組みと仕掛け作りが必要となります。

図1●顧客情報の活用例
 eCRMを活用したあるファックス・メーカーの事例(図1[拡大表示])を見てみましょう。ファックスを買いたい顧客Aさんが,まず検索サイトから「ファックス」と入力し,どんなメーカーのどんな商品があるのかを検索したとします。Aさんは,検索結果であるファックス情報リストから,目立つバナー広告など見てそのメーカーのWebサイトをクリックし,Webサイトで商品の情報を閲覧するでしょう。Aさんはそのメーカーの商品に興味がわいたので,カタログを取り寄せようと,自分の名前や住所を登録して請求ボタンをクリックします。すると,すかさずそのメーカーから「Aさま,カタログのご請求ありがとうございました」という電子メールがAさんに届けられます。eCRMシステム側では,AさんがWebサイトに入力したプロフィールを自動的にデータベースに登録します。すると,メーカーの営業担当者はそのデータを参考に,Aさんに敏速に電話でコンタクトを取るのです。一方,マーケティング担当者は,新製品や特別セールのキャンペーン情報をAさんに電子メールで配信します。

 もしAさんがその商品を気に入れば,このメーカーのWebサイトからクリックして,すぐに注文が出せるのです。このメーカーは,Aさんの注文に基づいた在庫情報や配送情報を,自社内の担当者ばかりでなくAさん自身も閲覧できる仕組みを用意しています。Aさんは自分が注文した商品がいつ届くのかが自分で確認できるのです。

 Aさんが商品を購入した後も,メーカーのサービス部門はその商品を満足してもらえているか,定期的なサービス・メールを送ります。そしてトラブルやクレーム履歴も,その発生のつど,自動的にデータベースに取り込み,今後の販売戦略や商品開発に生かしているのです。

データのメンテナンスも大切

 しかし,どれほど手間を掛けたeCRMシステムを構築したとしても,それだけでは大きな成果は得られません。大事なのは,その運用方法です。もとより,どの企業も市場環境の変化に順応してこそ生き残れるという,いわば「環境適応業」です。よって,eCRMシステム自体も,顧客や市場の環境変化に適応できるものでなければならないのです。eCRMの運用は,その基礎となる顧客情報を登録したデータベースのデータを常にメンテナンスしたり,また,常に顧客の要望に的確かつ迅速に対応できているか,という本来の効果を客観的に測定し,すばやく軌道修正することも重要なのです。

 ここでメンテナンスすべきデータというのはナレッジのことです。ナレッジとは,顧客のプロフィール,製品及びサービスの提供情報や提供の手法,マーケティングやサポートのノウハウ,さらに上記の測定基準や判断基準のことを意味します。またナレッジには,ホームページのデザインやコンテンツのような有形のものあれば,営業担当者の持っているノウハウのような無形のものもあります。どのようなナレッジをデータベースに取り込めば有効であるかという問題は,すべて経営戦略の策定に掛かってくることは言うまでもありません。

 eCRMでは,このナレッジ・ベースをWeb上に展開し,顧客に対して魅力的なサービスを提供し,同時に社内のセールス,マーケテイング,サービス,サポート業務に従事する従業員が顧客を取り囲む形で,それぞれの部門からのアプローチを試みることによって,顧客との関係維持・強化につなぐことが可能なのです。

 もとより,顧客は気まぐれです。その要求は絶えず変化し,いつも同じということはありません。そうなると,メンテナンスしていない過去の顧客情報を基に,新たな顧客の要求に応じることは無意味です。まして,先手必勝で同業他社のサービスより先んずることは不可能でしょう。よって,システムを生かすも殺すも運用次第ということになります。eCRMは,一度構築すればそれで終わりではないことがお分かりいただけたでしょうか。