ガーデン用品などの製造販売大手のアイリスオーヤマ(本社・仙台市,大山健太郎社長)が採ったeラーニング導入作戦は「新入社員の入社前研修」を通信教育からeラーニングに切り換えることだった。2001年度新入社員からテスト的に導入し,02年度で改善を加えた。一連のプロジェクトを進める中でアイリスオーヤマの人事研修担当者らはeラーニングが人事研修部門の負担軽減につながることを実感した。しかもASPタイプなので情報システム部門にも全く負担をかけずに済んだ。人手の少ない人事研修部門にとってeラーニングの効率性の高さは魅力的だ。
アイリスオーヤマのeラーニング導入状況
教育内容 | ビジネスマナー,PCスキル |
対象者 | 新入社員(内定者研修) |
社内研修におけるeラーニングの位置付け | 通信教育のネットワーク版 |
eラーニング導入のねらい | 従来型通信教育より高いモチベーション |
eラーニング導入の効果 | 受講者の満足度が向上,人事サイドの負担減 |
受講者への強制力 | レポート提出を義務付け |
研修費用 | 通信教育より安い |
インセンティブ | 特になし |
コンテンツ・ベンダー | ウイルソンラーニング |
システム・ベンダー | NTT-ME東北 |
2001年度の新入社員向けの入社前研修は00年12月から01年3月までの4ヶ月間実施した。研修内容は指定3コース(ビジネスマナー,タイムマネジメント,Excel97入門)と必須コース修了者用の追加4コース(パソコン入門,ビジネス文書,インターネット入門,Word97入門)だった。学習者には事前に操作説明書とID/パスワードを送付した。このID/パスワードを使って学習画面を開いて,学習を進めてもらった。
結果は78人の受講者全員が指定3コースをクリアし,理解度テストもほとんどが満点だったが,学習内容についての質問は1件もなかった。追加4コースの受講者は全体の約3分の1にあたる25人にとどまった。さらに学習修了後のコメントを求めたが,1件しか来なかった。受講者側に積極性が乏しいようにも見えるが,時期的に忙しかったことなども原因と考えられた。学習者のネットワーク環境が原因でスタートが遅れた人もいた。
02年度新入社員の入社前研修は前年のやり方を改善した。はじめに受講者のインターネット環境の把握と導入のサポートを行った。学習期間も前年より早めて10月開始,翌年1月終了とした。受講コースは前年の追加4コースも含め7コースすべてを必須とした。学習者のモチベーションを維持するために新入社員向けの掲示板を設け,学習のアドバイスや質問受け付け,回答などのコミュニケーション機能を充実させた。修了時に報告書を出すことも事前に伝えた。
意外なことにインターネット環境の有無は必ずしもeラーニング実施の可否とイコールではないことが分かった。内定者研修のためにわざわざパソコンを購入した人もいた。途中,ウイルスに感染し中断に追い込まれながらも再構築した人,自宅のパソコンが壊れた後は学校のパソコンで継続した人もいた。
●カギはメンターによるサポート体制
2年間の入社前研修でeラーニングを使うことのメリット,留意点などが明らかになった。eラーニング導入の責任者は「最も重要なのは学習者をサポートするメンターの機能だった」という。eラーニングは講師や他の学習者の顔が見えない。サーバーに教材を置いておくだけでは学習は進まない。アイリスオーヤマの場合はスキルメイトというメンタリング専門の業者にサポートを依頼した。スキルメイトからは毎週,受講者に向けてハローコールと進捗督促メールを送り,学習者からのさまざまな質問,相談に答えた。7つのコース全体で99.6%という高い修了率が達成できたのはメンターの存在が大きかったという。
アイリスオーヤマの内定者研修はNTT-ME東北が運営するB-NetCityという会員制ビジネスプラットフォームにアクセスすることから始まる。画面左上のワクにID,パスワードを入力するとアイリスオーヤマの内定者用学習ページが開く。受講科目一覧から学習したい科目を選ぶと,学習教材が画面に現れる仕組みだ。
アイリスオーヤマの内定者研修は紙の教材は一つもない。すべてネットワーク上のサーバーにアクセスし,画面上に教材を開いて学習を進めた。すべてがネットワーク上で行われることについて危惧する声がなかったわけではない。結果は逆であった。「インターネットだからよかった。今どきの新入社員は紙の教材が送られてきたら,その時点でやる気をなくしてしまうのではないか」――人事研修担当者らにとっても驚きだったようだ。
アイリスオーヤマは00年度新入社員までは入社前研修を通信教育で行っていた。01年度からeラーニングに切り換えた。その結果は,「コストは通信教育に比べると確実に安い。通信教育で送られてくる教材は分厚く,情報量だけでいえば通信教育の方が多いが,本当に必要なことを短時間で習得させることも必要」というのが人事研修担当者の感想だ。
受講者の満足度という点でもeラーニングへの評価は高かった。通信教育に比べてeラーニングはメンターによるサポートや,掲示板を使っての他の学習者とのコミュニケーションなどがあり,孤独との戦いに追い込まれなくてすむ。その分,学習しやすい。
●システム的な負担がないことが最大のメリット
アイリスオーヤマの場合,人事研修部門が最も大きなメリットと感じているのはシステム的な負担がまったくなかったことだ。ラーニング・システムはNTTグループのNTT-ME東北が提供しているASPサービスを使ったので,システム構築の必要はまったくなかった。教材もこのASPに乗っているウイルソンラーニングの教材を使い,さらに受講者のサポートはスキルメイトに委託した。このようにすべての面で外部資源を活用した結果,アイリスオーヤマの人事研修部門は直接,eラーニングの運営に手を下さずにすんだ。完全にASPなので,情報システム部門にもまったく負担をかけずにすんだ。
人事研修部門といえば,少ない人手でやりくりしている企業が多い。アイリスオーヤマでも同じで,入社前研修も人手をかけずに研修効果を上げることが課題だ。eラーニングを導入した結果,人事部門的に見て研修の効率性の点で明確な効果があることがわかった。通信教育では学習者の進捗状況の把握,学習効果の測定などは手作業になるため,集計に時間がかかるし,結果の分析も手間がかかった。その点,eラーニングは随時,最新時点での進捗状況がつかめ,集計分析も手作業がない。しかもアイリスオーヤマの場合はメンタリングを受け持つスキルメイトが詳しい分析レポートなどを出してくれるので,人事研修部門の負担なしに必要なデータをつかむことができた。人手もコストもかけずに効率的な研修ができ,必要なデータも取れる――eラーニングの導入は,人手の少ない人事研修部にとってまさに願ったり敵ったりである。
●研修内容の充実,他の通信教育への拡大などを検討
03年度のリクルート活動もほぼ一段落し,次期の内定者の研修内容を考える時期にきた。アイリスオーヤマの担当者らもちょうど内容の検討に入っている。同社は内定者研修以外にも,社員のためにさまざまな通信教育の研修メニューを取り入れてきた。内定者研修でeラーニングのメリットが確認できたので,このほかの通信教育メニューにもeラーニングを拡大してゆくことを検討中だ。
ただし,これまで集合教育でやってきたものまでeラーニングに切り換えることは考えていない。同社は自前の研修施設を持ち,新人研修,管理職研修などの階層別研修をはじめ,各種の研修を自社の施設で実施しているが,集合研修でなければできないこともあるとの考えだ。eラーニングがやれることと,集合研修に適したものと研修内容によって使い分ける――というのが現時点でのアイリスオーヤマのeラーニング活用作戦だ。