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エンターキナー,韓 芝馨

 2004年4月初め,Daum, Naverといった韓国の代表的なポータル・サイトが運営しているコミュニティの掲示板に匿名ながらも衝撃的な書き込みがあった。韓国最大のインターネット接続事業者(ISP)であるKTが2004年6月からインターネット接続料金を定額制から従量課金制に変える計画だというのだ。

 2003年末から一部のインターネット・ユーザーがblog(ブログ)などで従量課金制導入の可能性に言及したことはあっても,ほとんどの人はそんなことはありえないと思っていた。ところが,今回の書き込みは,通信速度,パケット数,時間を基準にした基本料金やそれを超えた場合の超過料金なども具体的に書かれていて,多くのネット・ユーザーはこれはKTから流出した内部文書だと確信した。

 KTは直ちに,これは同社から流出した内部文書ではないと火消しにかかった。ところがその過程で,複数のISPが数年前からインターネット接続料金の従量課金を準備してきたことが明らかになった。

反対の署名活動始まる

 韓国のネット・ユーザーにとって,従量課金はその可能性だけでも衝撃だった。韓国でのインターネット利用はアナログやISDNによるダイヤルアップ接続の期間は短く,ほとんどのユーザーが定額のADSLサービスになってからインターネットを利用し始めた。定額ADSLを使ってネット・ゲームやストリミング配信サイト,PtoPソフトなどの大容量コンテンツを利用する人が多く,仕事やサイジル(関連記事)などのために一日中インターネットに接続している人も多い。

 ズルズルと明らかになってきたISPの従量課金制導入計画に対して,積極的なネット・ユーザーは抗議活動を開始した。政府の情報通信部やISPのホームページの掲示板に従量課金に反対したり,政府の真相解明を要求する声明を掲載した。また,ポータル・サイトのBCParkは,1000万人の署名を集めてインターネット接続の定額制を立法化しようとしている。

 自ら活動を展開するまでいかないネット・ユーザーは,従量課金なんかあり得ないと願いつつも,それでももし実現しては困るという気持ちで署名運動に参加している。

 韓国のポータルやネット・ゲーム,コミュニティ・サイトは安い定額のインターネット接続料金のお陰で成長してきた。こうしたサイトは,大きな声を上げてはいないが,暗黙にネット・ユーザーの従量課金反対運動を支持している。例えば,Naverなどの代表的なポータル・サイトは従量課金制に対するアンケートを実施してその結果を発表している。もちろんその結果は反対が圧倒的で,70~80%のネット・ユーザーが従量課金制に反対している。

ISPに対する規制を強めようとする政府

 一方,こうした従量課金制をめぐるISPとユーザーの緊張関係を受けて,政府の情報通信部はこれまで従量課金に対しては「今は検討していない」とだけ言っていたが,最近では,研究会などを通じて「従量課金の妥当性を検証する」と発表するようになった。

 また,情報通信部はブロードバンド・インターネット接続サービスを第一種電気通信事業の免許制にしようとしている。第一種電気通信事業のサービス料金は,政府の認可が必要になる。つまりブロードバンド・インターネット接続サービスが第一種電気通信事業となれば,政府がISPの料金にお墨付きを与えることも,制限することもできるようになる。

 関係者によると,ISPは政府のこうした動きに対して,当初の導入目標時期だった2005年下半期よりは遅くなるものの,従量課金制は必ず必ず導入されるとみて,そのための認証・課金システムを開発しているという。従量課金になれば,どのユーザーがどれだけ使ったかを把握するシステムが必要になるからだ。

収入増が見込めなくなったISPの危機感

 韓国のインターネット文化が世界に先駆けて発展できたのは,だれもが安い定額料金でインターネットに接続することができたからだ。これは急速に拡大するブロードバンド・サービス市場でユーザーの囲い込みを狙ったISPが赤字を抱えながらも,とても安い金額でインターネット接続サービスを提供したからである。

 ところが,ADSLサービス開始5年目を迎える韓国のブロードバンド市場は1年前から市場飽和が始まっていて,これ以上の成長が期待できなくなってきた。毎年数百万づつ増えてきた韓国のブロードバンド・サービス加入者は,2004年6月末には1161万7825で,1年前の2003年6月末の1110万3828加入から51万3997増えたにすぎない(グラフ1)。 前年度に2002年6月末の871万8248から238万5580増加したことを考えるとまさに市場飽和状態である。

グラフ1●韓国のブロードバンド・サービス加入者の推移 2004年になって頭打ちになってきた。

 市場飽和にともなってISP間の競争も収まった模様だ。ブロードバンド加入者が500万を超えた2001年からKTがずっと50%前後のシェアを取っているなかで,2003年6月に26.7%だったHanaro Telecomのシェアは2004年6月には23.9%に,11.6%だったThrunetは11.1%になっていて,この1年間のシェアはほぼ同じである(グラフ2)。ブロードバンド市場が飽和状態になり,シェアが固まっているのだ。

グラフ2●ISPのシェアの推移 市場飽和にともないシェアは固まってきた。

 半分近いシェアを取っているKTだけが今年やっとインターネット接続事業での黒字のめどがついてきた。しかし,ユーザーは増えないのにトラフィック増加対策の設備投資は続けなくてはならない。KTによると, KTのバックボーン・トラフィックは2002年の年間最高値が89Gビット/秒だったが,2003年には182Gビット/秒に2倍以上増加,2004年からは毎月10Gビット/秒以上づつ増加しているという。このため,KTは2000年以来毎年バックボーン網に500億ウオン以上を投資しているという。この投資額がかさむと,確実に黒字になるかはまだ分からない。

 KT以外の事業者の事情はいうまでもない。会員数がほとんど増えなくなっても,トラフィック増に応じて,設備投資はハイピッチで続けなくてはならない。収入増が期待できなくなった現在,これまでの定額制では事業を続けていけない,というのが各ISPの共通した意見である。

従量課金で高くなる

 ISP側にはこうした裏事情があるものの,「だから従量課金を導入する」と言ってもユーザーを説得できない。ISP各社はユーザーの予想以上の過剰反応を受けて,従量課金に対する言及をできるだけ控えるようになった。

 とは言え,ISPはいつまでも従量課金を“ないもの”にしておくわけにはいかない。そこでISPはユーザー間の不公平感を訴える方針にした。ISPは,データ使用量が上位5%のユーザーが全インターネット・トラフィックの42%を発生させているとしている。上位20%のユーザーで見ると,72%のトラフィックを占める。こうした偏りを改善するために従量課金制を導入すると主張しはじめたのである。

 あまりインターネットを使わないユーザーが,大量のデータをやり取りするユーザーと同じ料金を払うのは不公平だし,そのような人は従量課金によって今までより安い料金でインターネットを利用することができるというのだ。

 このようなISP側の主張に対して上記のBCParkなどはそれを反論する内容を掲載している。またISPの関係者も,現実的には従量課金になるとほとんどユーザーが今までよりずっと高い料金にならざるを得ないことを認めている。

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 このようにISPとユーザーの緊張関係が続いているわけだが,インターネットをセキュリティの驚異にさらしたり,通信速度低下をまねいてネットが破綻するのを防ぐためには,どうしてもこの料金問題を解決しなくてはならない。

 だが韓国は世界に先駆けてブロードバンド化を進めてきたため,ほかの国に先例を求めることはできない。問題解決のためにまず要求されるのは,社会インフラを提供することに対するISPの責任感と,従量課金議論を個人的な料金負担の増加だけでなくインターネットを守るといく観点からとらえるユーザーの認識転換だろう。

(韓 芝馨=エンターキナー)


■著者紹介:
ハン・ジヒョン。1998年,韓国インターネット・バブルが最高潮になったとき,大学を卒業してインターネット・ベンチャーで事業企画業務を始める。2000年になって当時日本で活性化されたモバイル・インターネットに興味を持ち,IT専門リサーチ会社で通信会社や端末メーカ,ITベンチャーを対象に当時モバイルインターネット先進国であった日本のモバイルインターネット産業をリサーチして提供する。2003年からエンターキナーでリサーチャーとしてIT関連リサーチ業務を続けている。エンターキナーは韓国・ソウルに本社を置くリサーチ・コンサルティング会社。韓国内外の情報通信市場・技術動向,環境分析,政策,戦略分析,ビジネス・モデルなど専門分野のレポート発行,市場調査などを行っている。