あのIridium[用語解説]をご記憶だろうか?崖っぷちで生き残った「衛星携帯電話」事業が,皮肉なことに9月11日のテロ事件後,起死回生の道を歩み出した。

 Iridiumは,モトローラが中心になり,50億ドル以上もの投資をして立ち上げた巨大プロジェクト。地球全体に張り巡らした66基の通信衛星を経由して,「世界のどこからどこへも電話をかける」ことができるという,「夢の携帯電話サービス」である。

 しかしサービス開始から2年も経たない2000年3月,倒産に追い込まれた。その後,通信衛星など企業資産の売却を試みたが,買い手がなかなか見つからなかった。もはや衛星を軌道から外して処分するしかないか,と思われた矢先の2000年12月,Quadrant Australiaなど4社が共同で買収する事になった。買収総額は2500万ドルと,モトローラらが投資した金額の約400分の1である。

初期の敗因は,一般消費者を対象にしたマーケティング戦略だった

 買い手はみつかったものの,行く末が危ぶまれた新生Iridiumだが,復活のきっかけとなったのは2001年9月11日のテロ事件だった。あの事件発生と同時に,ニューヨーク市内を中心に米国北東部の携帯電話(Cellular Phone)サービスは,大量のトラフィックが集中して一時的に麻痺した。

 そこでCellular Phoneとは違う方式の携帯電話,つまりその代替手段として衛星携帯電話が見直されたのだ。Cellular Phoneでは通信範囲が限定されている上に,いくつもの基地局や通信回線を経由する必要がある。従って,それらのどれかが破壊されれば,通信に支障をきたしてしまう。

 一方,Iridiumのような衛星サービスでは,宇宙空間に浮かぶ衛星が破壊されない限り,そうした問題は起こり得ない。つまり「テロに強い」ということである。

 最初のIridiumが失敗した理由は,使用料金が高過ぎたことと,一般消費者をターゲットにしていたことの2点である。98年のサービス開始当初は,「通話話料が1分7ドル,携帯電話機の価格が3000ドル」とべらぼうに高い上,「世界を飛びまわる国際派ビジネスマン」など一般の個人消費者を対象に売り出した。

 「100万人の利用者」を見こんでいたが,「国際派ビジネスマン」はそんなにたくさんはいなかったようで,結局利用者は5万人にも満たなかった。つまりマーケティングが失敗の主な理由だった。

非常時の通信手段として,軍ニッチ市場から支持を得る

 新たに生まれ変ったIridiumは,電話機の値段や使用料金などを大幅に引き下げた上で,軍や航空,海運産業などニッチ市場を対象に,サービスを提供している。特にテロ事件直後に,米国防省(ペンタゴン)から2万台(7200万ドル)の受注があり,これによって一気に勢いを取り戻した。また非常時の連絡に備えて,航空会社からの引き合いも多いという。

 現在の通話料金は1分1ドル,電話機の価格は1300ドルと,以前に比べれば,ぐっと安くなったが,それでも「一般消費者を対象にするつもりはない。狙うのはニッチ市場の大口顧客」(Iridium)という。何しろ本来50億ドルの資産を2500万ドルで買い叩いたのだから,損益分岐点は低い。

 倒産前の事業コストは,膨大な借金返済も含め年間約10億ドルと言われたが,現在は約8400万ドル。これだと「約5万人の利用者があれば,経営は成り立つ」(Iridium)という。ちょうど倒産した時と同じ数の利用者をキープすればいいのだ。
 新生Iridiumは今年2月,新たに5基の通信衛星を打ち上げ,バックアップ基も含め現在,全部で78基の低軌道衛星を所有・運営している。衛星ばかりでなく,ビジネスも完全に軌道に乗ったと言ってよいだろう。