アウトソーシング先進国の米国で,海外企業にプログラミングやコール・センター業務などを委託する,いわゆるオフショア事業(Offshoring)への風当たりが強くなっている。連邦下院議会では今年6月にオフショア・ビジネスに関する公聴会を開き,国内雇用市場への悪影響を調べ始めた。これは労働組合などから「我々の雇用が外国人に奪われている」という非難の声が,議員に寄せられたからだ。

 連邦政府に先んじていくつかの州では,州政府が海外にアウトソーシングしている企業には公共事業を発注してはいけない,という法案を検討し始めた。つい最近ではインディアナ州政府が,これまで付き合いのあったソフトウエア開発業者に対し,ここがインドの会社にアウトソーシングしていることを理由に,契約を打ち切った(「インディアナ」州と「インド」という組み合わせは単なる偶然)。

 デル・コンピュータも,インドのBangaloreに置いていたコール・センターの操業を停止し,カスタマ・サポート業務の一部を米国内に戻した。また最近マイクロソフトが将来計画の中で,オフショア事業の比重を高めて行くと発表した際も,労働組合や議員の間で物議を醸した。「雇用創出の無い景気回復」が進む米国では,事業のオフショア化が相当デリケートな問題に発展しているようだ。

「数万人,数パーセント」のIT職が海外に流出

 そもそも米IT産業の中で,一体どれくらいの職が海外に流れてしまったのか。その正確な実数は不明だ。Forrester Researchの推計では,2000年時点で約2万7000人のコンピュータ関連職が海外に移ったとされる。同調査では,この数は2015年までに47万人あまりまで増加すると予想している。同じく調査会社のIDCによれば,米ITサービス市場におけるオフショア労働者の占める比率は約5%という。両者の調査結果はほぼ一致すると見てよいだろう。つまり「数万人,数パーセント」のIT職が海外に流出したのである。

 米IT企業のアウトソーシング先は今までインドが多く,全体の6割以上を占める。Gartner Groupの調べによれば,Fortune誌が選ぶ上位500社のIT企業の中で,300社以上がインドにコール・センターやデータ・センターを設けている。しかし最近ではインドばかりでなく,ロシアやルーマニアなど旧共産圏諸国,タイやフィリピンなど東南アジア,ブラジルを始めとする近隣のラテン・アメリカ諸国など,世界全体へとオフショア注文が広がっている。

 仕事が欲しくてたまらないIT労働者は世界中にあふれている。あれこれ思いを巡らせると,米国の労働者が危機感を募らせるのもやむを得ないという気がする。

 もっとも,こうした保護主義的な考え方は昨日今日に始まったことではない。自動車メーカーを中心とする製造業者が海外に工場を移転した80年代には,今よりもっと激しく切実な非難が企業に集中した。

 結果的に米国(だけではないが)では,製造業からサービス業への労働力シフトが進み,産業構造が大幅に変わった。米労働統計局の調べでは,過去20年の間に製造業では200万人の雇用が失われたが,その多くがサービス業界で新たな職を得た。しかし転職後の給与は,平均で前職の96%と若干落ちた。米国の産業全体では必然の流れだったが,労働者の視点から見た場合,やはり事業のオフショア化は厳しい結果をもたらしたのである。

オフショア化で「より高次元の産業構造へ転換が図られる」との主張も

 同じことが現在のIT業界でも起きるのではないかと懸念されている。これに対し,米国のインド系エンジニア団体などは,「労働力のオフショア化はむしろ米国経済の助けになる」と反論している。

 彼らの見解によれば,今後米国でも人口の老齢化が進み,労働力は不足気味になる。それを補う上で,海外の労働力がむしろ必要となってくるという。またオフショア化によってコール・センター業務など,単調で低賃金の職種が海外に移行することにより,米国内にはむしろ研究開発など,より付加価値の高い職種が育成される。つまり,より高次元の産業構造へと転換が図られるというのだ。

 もちろん事態がそれほどバラ色ではないことは容易に想像がつく。メーカーが工場を海外移転するのとは違い,IT関連職のような頭脳労働の場合,相当高いレベルの業務まで海外の技術者に任せることが可能だ。パソコンとインターネットさえあれば,原理的には出来ないことはないはずである。

 これはIT業界から少し外れるが,Evalueserveのようなインド系の有力アウトソーシング(Business Process Outsourcing:BPO)業者は,米国のコンサルティング会社や投資銀行などから,市場調査やポートフォリオ分析など高度な業務を受注し,インド国内のリサーチャーにやらせている。すなわちコール・センターのような単調業務から高度な調査業務まで,あらゆるレベルの仕事において,国内と海外の労働者が競い合う時代が訪れつつあるのだ。