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 米Apple Computerが米Intelのマイクロプロセサを採用するという発表(関連記事)を受け,米国のメディアや開発者ニュース・サイト,ブログなどが一斉に反応した。「Intel inside Apple」「Apple itself has switched」など,さまざまな言葉で驚きを表現している。

 それもそのはず,これは一般のユーザーにとっては少し期待できる話,古くからのMacintoshファンにとっては大変哀しい話,開発者にとっては複雑な話である。そして当のApple社にとっては,もしもの場合に備えてきた作戦Bの遂行を意味する。

「もしもの場合に備えた秘密の二重生活」

 今回の決断は突如としてなされたものでなく,周到に準備されていたことが同社CEO Steve Jobs氏の基調講演で明らかになった(注1)

 同社はこれまで「Cheetah」「Puma」「Jaguar」「Panther」「Tiger」と,5つのMac OS Xを出してきたが,そのいずれもが,Intelプロセサで動作することを確認してきたと同氏は打ち明けた。同氏は,会場に衛星写真を映し出し,「Mac OS XはApple社のこの場所で研究開発され,過去5年間,秘密の二重生活をおくってきた」と説明。「もしもの場合に備えて」と付け加えた。

注1:Apple社はQuickTimeサイトでSteve Jobs氏基調講演のビデオ映像を公開しており,誰でも視聴できる

絶好調のAppleが抱えていた「G5問題」

 この「もしもの場合」が,Apple社がここ最近抱えていた「G5問題」だったのだ。

 ここのところApple社はパソコン事業が好調である。米Gartnerの2005年第1四半期の市場調査によると,Apple社は米国で東芝をおさえて5位の座に付いた。出荷台数の伸びは米国市場全体が前年同期比2.3%だったのに対し,Apple社のそれは45.1%。これをけん引しているのが「iMac」と「PowerBook」という(関連記事)。Apple社の資料を見ても,同時期の売上げはiMac(これにはeMacとMac miniも含む)が前年同期比92%増,PowerBookが同23%増と好調だ。

 ところがApple社は今,安閑とはしていられない状況にある。高性能プロセサ「PowerPC G5」をPower MacとiMacに搭載したものの,公約していた3GHzのG5はまだ登場していない。これが影響してか,Power Mac(Xserveを含む)の2005年第1四半期売上げは前年同期比8%減と落ち込んでいる状況。

 またGartner社の別の調査によれば,現在,市場のパソコン出荷台数の中でノート・パソコンが占める割り合いは全体の30%程度に拡大している。今年はデスクトップが4.6%の伸びにとどまるのに対し,ノート・パソコンは26.5%増となる見通し。今後はデスクトップからノートへ移行するユーザーがますます増えるという(関連記事)。

 Apple社としては,ノート・パソコンの旗艦モデルであるPowerBookにG5を一刻も早く搭載し,製品刷新を図りたいところだが,それがままならない状況だった。ノート・パソコン向け低消費電力のG5がいっこうに供給されないからだ。その一方で,事態はApple社の意向に反した方向に進んでいく。米IBMがパソコン事業を売却。IBM社は体制を変化させており,エンタープライズ部門や組み込み部門へ注力している。こうしたことも今回の決断の背景にあったのではないかと言われている。

3度目の大転換

 94~96年の68000系プロセサからPowerPCへの移行,01~03年のMac OS XへのOS全面移行。いずれも開発者は大きな負担を強いられた。そして今回,同社にとって3度目の大転換。しかもそれはかつての宿敵,Intel社との提携だ。Jobs氏は会場での開発者の不安感を脱ぎ去るべく間髪入れず,「実は今朝からずっと動いている(このデモで使っている)マシンはIntelのプロセサを搭載している」と説明。そして「Developer Transition Kit」を紹介した。開発者向けの移行キットを提供開始すると発表したのだ。これには,新しい開発ツール「Xcode 2.1」,3.6GHzのPentium 4を搭載したMacintosh,そしてこれにインストールされているMac OS X 10.41のIntel版(preview release)がある。

 Xcode 2.1は,PowerPC向けとIntelプロセサ向けのアプリケーションをコンパイルできるツール。「Universal Binary」と呼ぶ両プロセサに対応したアプリケーションを作れるのが特徴だ。Apple社の説明によれば,プロセサに依存しないハイレベルのソースコードはそのほとんどが,いくつかの部分を調整するだけでUniversal Binaryが作れるという(Apple社サイトに掲載の技術者向け情報)。

 Intel版Mac OS Xでは「Rosetta」と呼ぶトランスレーション・プロセスも用意する。これは,PowerPC向けアプリをIntel版Macで走らせる仕組み。Xcode 2.1を使って作られたIntel Mac向けネイティブ・アプリ以外のアプリも動作させるというものだ。

 さらに,壇上にはIntel社の5代目CEO Paul Otellini氏(関連記事)が登場。Intel社がApple社製品対応の開発ツールを年内にリリースすることも明らかにした。

Carbonアプリは負担大,Mac OS 9アプリは対象外

 こうして万全の体制で準備を進めてきたApple社だが,これですべてが解決するわけではない。例えば,Mac OS 9から移植されたCarbonアプリの場合は,Cocoaアプリのように簡単にはいかない。すでに開発中止となってしまったアプリケーションのユーザーは,Intel MacではRosettaに頼ることになるが,Rosettaもすべてのアプリケーションに対応するというわけではない。

 Mac OS 8/Mac OS 9向けのアプリケーションは動作しなくなる。 G4/G5プロセサの処理を要求するものも対象外だ(同社技術者向け情報)。Rosettaでトランスレートされるアプリケーションでは,Mac OS XのClassic環境のように起動時にユーザーがそれと分かる表示はされない。その代わり,起動が遅かったり,パフォーマンスがPowerPC Macよりも悪いといったことに気付く場合があるという。Rosettaは,ワープロのように計算をあまり必要としないアプリケーションには向いているが,3Dモデリングのように複雑な計算能力を必要とするものには対応しない(同社技術者向け情報

Apple社の独自性が失われる可能性も

 今回の基調講演でJobs氏が開発者を説得できたかどうかはまだ分からない。アプリケーションの新プロセサへの移行作業は数ヶ月かかる場合があるという指摘もあり,開発者には大きな負担が強いられそうだ。(米CNET News.Comの記事)。しかしApple社のこの展開をビジネス・チャンスととらえ,新たなソフトウエア開発に着手するベンダーも現れるという見方もある。消費者にとってはどうだろう。高速のPowerBookを待ち望んでいた人には朗報だが,これまでのアプリケーションが使えなくなることを不満に思うユーザーもいるだろう。

 また同社Worldwide Product Marketing部門担当上級副社長のPhilip Schiller氏によれば,Intelプロセサを積むMacを発売するからといって,Mac OSがWindowsマシンで走るわけではないという。一方同氏は,Intelプロセサ搭載の新Macで,Windowsをインストールできる可能性については,否定していない。「そういうことをやる人もいるだろうが,我々は妨害はしない」(Schiller氏)という(米CNET News.Comの記事)。

 こうしたことで,Apple社の独自性が失われる可能性があるという意見も聞く。Apple社には今後,これまで以上にブランド力強化の施策が必要になるのかも知れない。Intel社のOtellini氏は,「Apple+Intelはついにやってきたハッピーエンディングでなく,ハッピービギニング」と語った。果たして本当にそうなるだろうか。今後の両社の展開を,1人のMacintoshユーザーとして見守っていきたい。

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