ネットワーク機器は,データの送受信をするLANケーブルと電力供給のための電源コードを必要とする。これをLANケーブルで電力も一緒に送ることで,機器から出る配線を一つにする技術がある。Power over Ethernet(PoE)と呼ばれるものだ。
PoEは数年前から実装されてきた技術であるが,IP電話がはやり始めた今,改めて注目を集めている。オフィスで使う多機能電話機は,電話線で音声データを通すとともに電力も給電している。これがIP電話機に変わっても,LANケーブル一本で配線を済ませられるようにできるからだ。
2003年6月,IEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers)はPoEをIEEE802.3afとして標準化した。
無線LANから始まった
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写真●「RoamAbout AP2000」の電源アダプタ 米Enterasys Networks社製。アクセスポイントにつながるEthernetのポートに給電する。 |
国内においてPoE技術は,1999年7月に米Enterasys Networks社が無線LANアクセスポイント「RoamAbout AP2000」に独自に実装したことで知られるようになった。同梱するRoamAbout AP2000専用の電源アダプタ(写真[拡大表示])に,アクセスポイントからのLANケーブルを挿して給電する仕組みである。「業務用の無線LANのアクセスポイントは天井に設置するため,天井まで配線を引き回さねばならない。LANケーブルに加えて電源コードも配線するのは手間がかかる」(エンテラシス・ネットワークス マーケティング本部の森本信一マーケティングマネージャ)という問題を解決するのが目的だった。
このアダプタには,Ethernetのポートが二つと,電源用のインタフェースが一つある。Ethernetポートは,アクセスポイントへの配線とLANスイッチへの配線用である。このうち,LANスイッチとつながるLANケーブルに電源用インタフェースから給電した電力を乗せている。
米Cisco Systems社でもIP電話システムを中心に,2000年3月からPoEを独自に実装している。同社ではこの機能を「インラインパワー」と呼ぶ。製品としては三つのタイプがある。(1)ルーター(カード型のモジュールもある)やLANスイッチに内蔵するタイプ,(2)PoEに対応していないLANスイッチとPoE対応の機器との中継役になるタイプ,(3)Ethernetポートが一つと電源のインタフェースを持つ電源アダプタタイプである。同社によると(1)と(3)の製品へのニーズが高いという。
電力の無駄を防ぐ工夫を盛り込む
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図1●802.afに基づいたPoEによる給電の方法 PoE対応のスイッチと対応機を直接つなぐ構成と,PoEに対応してないLANスイッチをPoE対応の電源供給用の装置につなぐ構成がある。後者は,複数のEthernetポートを持つタイプと,Ethernetポートが前後に一つずつある電源アダプタのタイプがある。 |
ベンダー独自の実装は,自社の特定の製品への給電が前提である。このため,「電圧の上限や,電力供給に使うピン,つながっている相手がPoE対応かどうかを見極めるアルゴリズムが各社で異なる」(スリーコムジャパン ビジネスネットワークス ネットワークコンサルタントの福山英一氏)。他メーカーの製品と接続した場合,機器が不安定になったり,まったく給電できなくなるという。
802.3afは,各社バラバラに実装されていたPoEが相互につながるように規格化されたもの。つまり,相手がPoE対応機器かどうかを見極めて,どのように給電するかというアルゴリズムを統一した(図1[拡大表示])。給電を受ける側は,12.95Wが上限になっている。従って,パソコンのように消費電力が高いものではなく,IP電話機や無線LANアクセスポイントのような製品が対象となる。
このほか,(1)機器構成に応じて使用できるピンが異なる,(2)給電能力を4段階用意する,(3)異常な状態を検出して給電を停止する,といった特徴がある。
(1)の使用できるピンの組み合わせは,二通りある(図2[拡大表示])。PoEでは,4ピンを使って給電する。Ethernetのインタフェースは8ピンを備えており,そのうち1/2/3/6ピンでデータを送っている。PoE対応LANスイッチで給電する場合は,1/2/3/6ピン,もしくは残りのピン(4/5/7/8ピン)のどちらかを選択して使う。一方,PoE対応ではないLANスイッチをPoE対応の中継機器につないで給電する場合は,4/5/7/8の組み合わせを使う。
(2)はオプションであるが,消費電力の無駄を防ぐための機能だ。印加する電圧を変えて流れる電流の値を検知し,接続相手が必要な電力を判断する(図3[拡大表示])。供給する電力クラスは4段階(1~4)あるが,クラス4は将来のための拡張のためであり現在は使えない。
(3)の異常な状態を検出して給電を停止するのは,故障の可能性がある機器に給電しつづけるのは危険であるからだ。電流が30mA以下になったときを異常だと検知して給電を停止する。
給電機能に加え機器の制御も
802.3af規格では,リモート監視の機能も規定している。状態を検知して給電したり停止したりできることや,LANスイッチの管理画面からポートごとに給電の設定ができるのだ。これにより,どの機器が故障しているかを知ることができるほか,一時的に使わない機器への給電を停止したりと効率的な運用ができる。「機器をリモートから監視できるというのは大きなメリットになる」(日本テキサス・インスツルメンツ ハイパフォーマンス・アナログ事業部PMP製品部の吉田幸司主任技師)。
802.3af規格で決められてはいないが,ポートごとに使える電力量をあらかじめ保証する製品もある。米3Comの「SuperStack 3 Switch 4400 PWR」では最大給電量を設定できる(図4[拡大表示])。「重要な機器のために必要な電力量を確保できる。また,他のポートを使わせたくない場合は電力量を制限するといった運用ができる」(スリーコムジャパンの福山氏)。
この点について802.3afでは,ポート当たりの最大給電量(15.4W)だけを決めている。この15.4Wはあくまでも最大の値だ。スイッチ自体の給電量は規定されているため,あるポートにつながる機器が多くの電力量を必要とした場合,他のポートで使える電力量が減ってしまうことになる。
ACアダプタよりも値段は高くなる
802.3afの規格化により,今後,PoE対応製品は増えていきそうだ。
まず一番に実装が考えられているのがIP電話機だ。三洋マルチメディア鳥取は「標準化を待っていた。これまではPoE対応のスイッチが少なかったがこれから充実してくるだろう」と期待を示す。同社では,年内をメドに現在出荷中のIP電話機を802.3af準拠にする予定だという。企業のIP電話システムでは,802.3af対応で互換性が確保できることによりネットワーク機器の選択肢が広がる。
ただし,「PoE対応のIP電話機はACアダプタで給電するものよりも若干値段が上がる」(FAX・電話技術部VoIP技術課の奥田聡主任技術員)ともいう。加えて,LANスイッチ自体もPoE対応になるとポート当たりの価格が高くなる。ちなみに,日本テキサス・インスツルメンツによると,802.3af対応のチップは1000個当たり給電側で7ドル,給電を受ける側では1.25ドルと発表している。
ネットワーク機器ベンダーは,「IP電話機を直接収容するようなところに置かれるレイヤー2スイッチなどを中心に実装していく」(ノーテルネットワークス プロダクトマーケティングプロダクトソリューションズの小松士恩氏)模様だ。IP電話や無線LANのアクセスポイント,対応するLANスイッチ以外に,ネットワーク・カメラなどにも実装が進んでいる。ソニーはネットワーク・カメラに独自仕様のPoE機能を実装していたが,秋頃に802.3af対応製品の出荷を予定している。
ここで気になるのが,これまでベンダー独自に実装していた製品と802.3af規格との相互運用性だ。「Ciscoのインラインパワー対応LANスイッチはインラインパワー対応IP電話機に対してのみの給電機能なので,他社製の802.3af準拠のIP電話機に対して給電できるかどうかは保証していない」(シスコシステムズ マーケティングスイッチングテクノロジー本部スイッチングネットワーク部の中修司プロダクトマネージャー)。Enterasysの無線LANアクセスポイント「RoamAbout」の電源アダプタも,RoamAboutにしか対応しない。
給電量を増やしたいニーズがある
PoEは今後も進化しそうだ。さらに給電量を多くしたいというニーズがあるからだ。「規格上では4ピンしか使えないようになっているが,8ピンすべてを使い給電量を増やしたい」(日本テキサス・インスツルメンツの吉田主任技師)との声がある。
ただし,最大給電量を増やすことで,電力供給側に必要な電源装置が大きくなり高価になってしまうという問題もある。「シャーシ型の機器に802.3af準拠のモジュールを入れて給電する場合,必要な電源が増えたり,一つひとつの電源が大きくなるので高くなる」(エンテラシス・ネットワークス の森本氏)という。