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 5月に新しいネットワークの構築プロジェクトが博多で始まった。東京と福岡に本社がある企業なのだが,コンピュータ・センターが博多にあるためこちらが開発の拠点になったのだ。全国約160拠点を広域イーサネットで結び,部分的にVoIPも導入する。

 国際都市であるはずの東京に異国情緒はないが,博多には街そのものに東アジアの一部という雰囲気がある。だが,眼に見える街,建物や植物がその雰囲気を作るのではなく,大脳が作り出しているのではないかと思う。

 東京の前には広大な太平洋が広がるばかりで外国は遠いという潜在意識しかない。ところが博多に来ると私の頭の中には無意識のうちに地図が描かれ,博多と朝鮮半島,中国大陸,沖縄,などが海道ですぐ近くにつながっている。そのイメージが異国情緒を増幅させるのだ。

 ここで作る新しいネットワークは東京や大阪の拠点も多いが,石垣島や五島列島にも拠点がある。広域イーサネットもここまで広がってきた。

 さて,今回のテーマは博多の仕事と直接には関係ない。年度始めのキックオフ・パーティと,あるレビューから題材を取る。

キックオフでの三つのスローガン

 私の勤める会社では年度の初めに事業本部単位のキックオフが行われる。会社や本部の事業方針を説明し,ちょっとしたパーティをする。今年度から事業部が廃止されビジネスユニットが事業単位となった。私の担当はネットワーク企画ビジネスユニットだ。

 キックオフのパーティで各ユニットの長が「決意表明」というスピーチをすることになった。だが,あいにく私はパーティのある午後6時から大切なお客様との打ち合わせが入っていた。当然ながら,お客様との打ち合わせが優先だ。さあ,「決意表明」をどうしよう,と考えた。会社の人たちにちょっと刺激を与える機会として決意表明も悪くない。何か一言ぶつけよう,と思いついたのはメッセージを代読してもらうことだ。

 メッセージはごく短い。すべて引用すると,「新年度だからと言ってあらためて決意表明することはありません。当たり前のことを当たり前にするだけです。当たり前のことは三つあります。一つは,この会社は技術力とノウハウで勝負するという会社だということです。ネットワーク企画ビジネスユニットは,ネットワークにかかわる技術と活用ノウハウで勝負し,勝っていきます。二つ目は自分たちの頭と手を使って提案し,設計するということです。これができないと会社は空洞化し,我々の頭の中も空っぽになるからです。三つ目は黒字を出すことです。我々のユニットは14年度も大きな利益を出しました。これで6年連続の黒字です。今年度は人を増やしますが,新しく来てもらう人にも給料以上の働きをしてもらって利益を確保します。」

 当たり前のことを言っているのだが,聞いている人の中には耳の痛い人がたくさんいたはずだ。自分は世間で技術力とノウハウで勝っているのだろうか,とか,自分の頭と手を使っているのだろうか,等々。耳の痛くない人は当然のことができているか,そうでないなら既に終わっている人だ。メッセージの中でも自分の頭と手を使うということを一番言いたかった。会社的に見れば,大企業になればなるほど外注比率は高くなる。個人を見れば,課長代理,課長,部長と地位が上がるにつれて「マネジメント」だけが自分の仕事と勘違いし,頭も手も使わなくなってくる。使わなければ能力は退化する。

 先のメッセージは若手のリーダーに代読して貰った。ただ代読するのではなく,自分の頭に刻み付けてほしかったからだ。

20分のレビュー

 そのリーダーが担当しているネットワークの設計レビューが5月にあった。

 100ページを超える設計書のレビューだが,私が見る前に設計メンバーによるレビューが終わっている。私はその結果を信じており,この設計で動くことは間違いないと思っている。それでも私がレビューするのは基本をちゃんと抑えているか,そして設計のポイントがお客様に理解しやすく書かれているか,を確認するためだ。

 だから設計書が100ページを超えていてもレビューは20分で終わる。先ず目次を見る。設計書に限らず,大きなところから見始め,細部に入るのが鉄則だ。1枚の表を見るときでも大きいところ,表ならその表題と項目から見始め,内容に入っていく。目次を見て30秒とたたない間に,「分かりやすさ」のために追加すべき項目を二つ指摘した。「これこれを見たいけど,目次のどこに書いているの?」と聞くと「書いてない」と答えたので,ではここに追加しなさいとなったのだ。

 次は設計のポイントである,ルーティング設計,帯域設計,QoS設計の考え方を書いた部分をチェックする。基本的に問題はなかったのだがQoS設計で補強すべき点を指摘した。

 指摘ゼロであってほしかったので,リーダーにはちょっと刺激的なことを言った。「キックオフで代読してもらったメッセージに書いたけど,自分の頭と手を使わないと力が落ちていくよ」。実はうちで作る設計書には1ページ,1ページ,設計者の署名が入っている。だが,今回の設計書にはリーダーの署名が一切なかったのだ。

自分の頭と手を使う意味

 IT分野の仕事をしている人がリーダーになり,課長になり,部長になれば提案書も設計書も書かなくていいのだろうか? 自分の頭と手を使わず,「私はマネジメントが仕事です」という顔でいる課長など,私は部下に持ちたくない。

 私は今でも大事な案件の提案書では,核となる数ページを自分で書く。提案書の核とは提案のコンセプト,特徴,効果をまとめたページだ。どんな分厚い提案書でも,「煎じ詰めれば我々が提案したいことはこれだ」という核は,3ページから5ページもあれば書ける。

 その核を提案書作成メンバーが深く理解することで分担して作成する提案書全体のベクトルが合い,一貫性と説得力のある提案書ができる。その提案書を読む顧客は,技術を知らない経営層でも,その核となる数ページを読んでいただければ良い提案か,取るにたらないものかが分かる。

 核の部分をどうするか,決定し,書きものにするのはプロジェクトリーダーやプロジェクトマネージャがすべき仕事だと私は思っている。そして適切に核の部分を書くには,たとえ管理職でも最新の技術やノウハウの基本と顧客の基本要件を理解していなければならない。絶えざる勉強が必要なのだ。ITの世界で生きている以上,当然のことだ。

 残念ながら,私が設計書を書くことは久しくない。実は私にとって本を書くことは,設計書を書けないことの代替行為なのだ。私の著書には基本設計レベルの内容が書いてある。実際の仕事としてはできなくなったが,本の中では何の制約もなく自由な設計ができる。こんな楽しいことはない。それは私にとって格好の自主トレになっている。

三たび博多へ

 明日,また博多へ出かける。今月3回目だ。これまでお客様と仕様やスケジュールの確認をして来たのだが,いよいよ明日は,ホスト・コンピュータや端末の担当ベンダーが加わった設計のキックオフ・ミーティングをする。

 「特割」という安い航空券で日帰りにする。これからネットワークが完成する来年初めまで月に1,2回は博多に行くことになるだろう。

 設計には東京のSEだけでなく,地元博多のSEも加わる。お客様の近くに設計者がいないと,調べごとや相談が必要になった時にすばやく動けないからだ。九州にはかつて東京で私と仕事をしたことがあるベテランSEのTさんがいる。私は今回のプロジェクトが始まったら,絶対Tさんに入ってもらおうと決めていた。単に技術があるだけでなく,ユーザー折衝もきちんとやってもらえるからだ。

 約10年ぶりに一緒に仕事をするのだが,10年前はパケット交換機を使った銀行のネットワークを設計していた。回線はモデムで19.2kビット/秒程度。今,設計・構築しているネットワークと比べると,まさに隔世の感がある。

 この10年,ネットワークの進化に遅れをとらず,むしろ世の中より先行してやって来れたと自負している。やはり,自分の頭と手を使っていたからできたことだろう。私は40代半ば,Tさんは50代に入ったが,まだまだ先頭集団の中にいるつもりだ。

(松田 次博)

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松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。