強過ぎるプロテクトは著作者にも嫌われる
音楽CDにあらかじめ著作権を保護する仕組みがあればCCCDのような問題児は出てこなかった。DVDやネットワーク配信などでは,DRM(Digital Rights Management)と呼ばれる技術でコンテンツを保護している。「Napsterの一件で,我々もコピー・プロテクトには真剣に取り組む必要があると思いを新たにした」(東芝 デジタルメディアネットワーク社 首席技監の山田尚志氏)。この結果,現在流通しているDVD-VideoやDVD-Audioでは,記録データはすべて暗号化されている。
DRMは,暗号化技術などを使って著作権を保護する技術である。デジタル・コンテンツを供給するシステムの中に取り込まれている。基本的には,コンテンツを暗号化し,再生を許可された機器だけに復号鍵を渡す。コピーできる回数やコピー先の機器などを限定することで,違法なコピーを防ぐ。電子すかしと組み合わせることにより,違法コピーで流出したコンテンツを発見し,誰が流出させたかまで追跡することもできる。ネットワーク配信では必須の技術である。
例えば,米国ではSDMI(Secure Digital Music Initiative)というプロジェクトがあり,特に携帯型音楽プレーヤを対象とした著作権保護機構を定めている。SDMIは全米レコード協会と米国の大手レコード会社5社が中心になって設立したプロジェクトである。
ユーザーはSDMIに準拠したパソコン用ユーティリティ・ソフト,携帯型音楽プレーヤを揃えておく。SDMIに則った音楽配信システムからコンテンツを購入すると,コピーできる回数を指定された証明書と再生するための復号鍵が送られてくる。ユーティリティ・ソフトで回数を厳格に守りながらコピーすれば,著作権の範囲内でパソコンや携帯型プレーヤでコンテンツを楽しめる。
ただし,SDMIの評判はあまりよくない。必ずユーティリティ・ソフトで使用条件を管理するため,SDMIを使わない従来の使い方と比べて使い勝手がよくない。もし,OSを再インストールしたり,パソコンやプレーヤを買い替えたりした場合,新たな鍵が必要である。ユーザーとしては積極的に利用したいとは思えない。厳格に著作権を保護しようとして,かえってユーザー離れを招く要因になる可能性もある。実際,「SDMIにはあまり将来性はないだろう」(あるメーカーの著作権保護技術担当エンジニア)と見る向きは多い。
コンテンツ流通のコンサルタントで著作者の動向に詳しいアリコシステムの片柳 敦氏も,現状のDRMを疑問視する。「実は著作権的に安全なものほど受け入れられていない」(片柳氏)ためだ。しかも,著作者自身が必ずしも厳格なDRMを求めていないという。「違法なコピーをいやがるのは確かだが,それよりも自分たちが作ったコンテンツが売れて,きちんとお金が入ってくることが重要。売れなければアマチュアと同じだからだ」(片柳氏)と,著作者の本音を代弁する。DRMのせいでコンテンツが売れなくなるのであれば,著作者にとってDRMは邪魔な存在にもなり得るのだ。
理想のコピー・プロテクトは何か
ユーザーは不便を感じ,レコード業界はCDの売上低下を止められず,著作者は不満を抱いたユーザーから見放される――。現在は,「誰もが不満を持っている」(文化庁 内閣官房 著作権課 課長の岡本 薫氏)状態。誰にとっても不幸な時代だ。誰もが幸せになる理想的なコピー・プロテクトはないだろうか。著作権者とユーザーの双方が望む“あるべきコピー・プロテクト”とはどのようなものだろうか。
著作権者にとっては違法コピーが流通し,オリジナルの売り上げが影響を受けるのは避けたい。そのため,何らかのコピー・プロテクトは必要になる。かといって,一律に強いプロテクトをかけるのではない。コピーされることによる口コミ的なプロモーションを期待する著作者もいるかもしれないからだ。もちろん,違法コピーの可能性を100%排除してコンテンツを守りたい著作者もいるだろう。コピー・プロテクトにそうした幅を持たせれば,著作者は自由に複製権を行使できる。
ユーザーとしては,著作権を侵してでもコピーしたいという悪質なユーザーは論外としても,せめて私的利用のための複製は自由にできるようにしてほしい。データが壊れたときのバックアップや,カーオーディオや携帯型音楽プレーヤなど,さまざまな場面や機器で楽しみたいとなると,やはり回数制限はわずらわしい。
公衆送信権や送信可能化権は,「コンテンツは見るなり,聞くなり,知覚されてこそ価値を持つ。知覚されるところでプロテクトするのが本来あるべき姿だが,それが難しいために方便としてその手前で著作権者を守れるようにしたもの」(文化庁の岡本氏)に過ぎない。であれば,コピーは自由にしておいて,許諾されているユーザーが再生する時にプロテクトを解除するという形が作れれば,それが理想ではないだろうか。すでにDVDやデジタル放送など,一部のコンテンツは再生時にプロテクトを外す手法を取り入れている。私的利用の範囲を考えれば,ユーザー個人だけではなく家族もコンテンツを再生できるようにしてほしい。
ほどよいバランスへの模索が始まる
そのためにはコンテンツとユーザーを結び付ける認証技術が必要となるだろう。「今は現実的ではないかもしれないが,将来的な技術としてこういった認証システムを研究する動きは始まっている」(東芝の山田氏)という。まだ姿は見えないが,コピー・プロテクトのあるべき姿に向けて,技術的な解決を探るべく,著作権保護技術は歩き出しているようだ。
コンテンツと著作権保護は切っても切り離せないが,あえて著作権保護から少し離れて,コンテンツ・ビジネスを考えてみる。ユーザーは楽しみたいから音楽や映像といったデジタル・コンテンツを求める。コンテンツが売れるかどうかは,コンテンツ自体の魅力やクオリティ,価格,手軽に楽しめるかどうかという使い勝手などのバランスで決まるはずだ。そこに著作権保護を盛り込むときには,価格や使い勝手を損ねてほしくないというのが,ユーザーの気持ちである。ユーザーのバランス感覚を考えれば,著作権を厳格に守るだけでなく,一つひとつのコンテンツごとに,それぞれほどよい守り方あるいは落としどころが求められるのではないだろうか。実際にコンテンツを供給する側の中では,そうしたバランスを探る動きも徐々に出始めているようだ。