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 9月19日金曜日,久しぶりに銀座に出かけた。9月はあたり月で,IP電話機やSIP対応PHSを一度に1000台以上も設置するIP電話の移行工事あり,大きな提案が二つあり,という状況で,1日から19日まで一日も休まず仕事をしていた。

 IP電話の移行工事は無事成功し,この日一つ目の提案のプレゼンも首尾良く終わって土曜日は久しぶりに休めることになった。やっと休めること,プレッシャーから解放されたことがうれしく,古い研究会のメンバーに「ワインでも付き合って!」と誘ったところ,3人からOKが返ってきた。ありがたいことだ。

 1軒目の店は,「勝利の黄金比」という題で以前このコラムで取り上げた電通通りに面した大きな窓のある店だ。いつものごとく窓に面したテーブルに座り,とりとめのない話をしながらシャンパンとカリフォルニア,ボルドーの赤を楽しんだ。Aさんが2軒目の店でとびきりのワインをごちそうしてくれるというので,ここでは控えめにした。

 今回は9月に経験した大規模なIP電話工事と,ある専門誌に掲載された大手都市銀行におけるIP電話導入を題材に,移行作業と設計時のポリシーについて述べることにしよう。

先端技術でも地道な工夫が不可欠

 私が取り組んでいるIP電話はこのコラムでも何回か取り上げているSIPベースのIPセントレックスを使ったものだ。ユーザーである企業のイントラネットとシステム・インテグレータ(SIer)やプロバイダーが用意するIPセントレックスを接続する。イントラネット上にIP-Phoneを接続すると,内線も外線も自由にかけられ,代表着信や転送といった旧来のPBX機能も使えるようになる。IPセントレックスは共同利用型のサービスなので企業はIP-PBXやコールマネージャを持つ必要がなく,保守料やリース料といった設備コストをPBXの約2分の1に節減できる。

 これまで100台単位のIP電話移行工事を数回やってきたのだが,9月に実施した1000台を超える規模の移行工事は初めての経験だった。この移行工事に成功すれば,どんなに大規模なオフィスであってもIPセントレックスに移行して安定的に稼働させられることを証明したことになる。私にとって正念場の工事だった。IPセントレックスは,現時点において企業ネットワークの最先端を行く技術といっていいだろう。だが,この技術を実際に使えるものとするには「1000台を超えるIP-Phoneをいかに効率よく設置し,テストし,土日でちゃんと動くようにするか」という先端技術でもなく,格好よくもない「工事屋としての工夫」が不可欠なのだ。

 100台単位の工事ならどんなやり方をしても何とかなる。が,1000台を超えるとでたらめなやり方では時間ばかりかかって,ミスだらけということになりかねない。IP電話の設置工事そのものは筆者自身でもできる簡単なものだ。机上のパソコンにささっているイーサネットのケーブルを抜き,これをIP-PhoneのLANポートに接続する。次にパソコンのLANポートとIP-PhoneのPCポートをケーブルでつなぐ。それからパソコンの電源コードをコンセントから抜き,そこにIP-Phoneの電源プラグを挿す。パソコンの電源コードはIP-Phoneに付いているコンセントに接続する。これで物理的な接続は完了。あとは,IP-Phoneの発信テストをすればいい。基本的にはこれだけだ。もちろん,代表グループの着信試験やピックアップ・グループの試験もするのだが,それはIP-Phoneをすべて取り付け終えた後の工程だ。

 こんな単純な工事でも間違いは起こる。例えばIP-PhoneのLANポートに挿すべきLANケーブルをPCポートに挿してしまう,といった単純なミスだ。発信しても電話がつながらない。「電話できません」と工事の人が声をあげ,立ち会っている設計チームの人がトラブルシュートする。パソコンの電源が見えにくいところにあったり,パソコンの電源が入っていると抜いていいものだかどうか判断がつかなくなる。

 これらはほんの一例だが数十人の人が動いて1000台のIP-Phoneを設置するのに,こんな単純トラブルが多発したのでは仕事にならない。そこで工事の専門家は工夫をする。どんな手順で工事をすればミスを減らせるか,「段取り」を考える。ありがちなミスやトラブルの対処については事前の講習で工事担当の人たちに説明しておく。そんな地道な工夫がないとIP電話の移行工事は成功しない。技術を現実に動くものにするのは技術者ではなく,工夫をこらす職人さんたちなのだ。

 コンピュータ・ネットワークが得意なベンダーの中には,「VoIPサーバーを使ったIP電話を導入すれば,電話工事はユーザーが自分で簡単にできるようになる」といったセールストークを声高にいうところがある。嘘っぱちだ。米国のように電話が個人の利用するもので,代表着信や転送という文化がないなら,ユーザーが扱うのも簡単だろう。しかし日本では電話は個人ではなく,職場というチームで使われる。IP電話の設定も代表やピックアップ・グループを意識した煩わしいものになる。そんな面倒なこと,忙しい本業を持っているユーザーの手に負えるわけがない。格好のいいコンピュータ・ネットワークの世界をやってきたベンダーは,自分たちがやりたくないことをユーザーに押し付けたいのだろう。地道な作業は格好よくもなければ,儲けにもならないからだ。

技術の活用法はポリシーで決まる

 久しぶりの休みに専門誌をめくっていると大手都市銀行が100億円かけて4万台のIP-Phoneを導入するとう記事があった。まだ1台も動いていない,構想段階の紹介記事だ。ていねいに読む気にはならず,さっと斜めに見た。筆者とはずいぶん企画や設計のポリシーが違うものだと思った。あるいは筆者がこれから述べる点についてはポリシーがないのかも知れない。

 一つはネットワークのライフサイクルについて。ネットワーク技術やサービスの変化は速く,激しい。こんな時代にネットワークの企画をするときの鉄則は短いライフサイクルで考える,ということだ。筆者がユーザー企業に提案するのは,どんな大規模なネットワークでも構築は1年から1年半,構築したネットワークのレンタル期間は3年から5年だ。機器はレンタルが原則。買い取りを勧めないのは,ネットワーク機器をユーザーが資産として持つと陳腐化のリスクを負うことになるからだ。長い期間をかけてネットワークを構築し,さらに何年も運用したのでは構築が完了しないうちに技術もサービスも変化し,陳腐化と機会損失による経済的損害を被る可能性が高い。

 この都市銀行では今年の秋から構築を始めて2006年に完成するという。3年半かけるということだ。筆者ならとてもお勧めできない期間だ。

 もう一つは設計ポリシー。ここにも何度か書いたがユーザーがベンダーに支配されず,よりよい製品をより安く,何時でも使えるようにするには標準プロトコルを使ったオープン設計をすることが肝要だ。IP-PhoneとVoIPサーバー間のプロトコルやIP-Phoneと給電スイッチとのインタフェースがベンダー独自では,そのベンダーの製品しか使えなくなる。この銀行では製品を特定のベンダーに統一するようだ。技術力やいろいろな点で力のあるユーザーなのにどうしてだろうと不思議に思う。

 筆者が手がけるオープンなIPセントレックスでは,IP電話機もゲートウェイも複数のベンダーから選択できる。IP電話の標準プロトコルであるSIPで規定していない仕様も無償で開示しているので,機器メーカーはライセンス料など払わず自由に開発できるようになっているからだ。オープンであるとは,「標準である」という意味と「無償で開示されている」という意味がある。いずれかが満たされていれば,そのシステムはオープンといっていい。オープンな仕組みで4万台規模のIP電話を構築しても,100億円かかることはない。8000円程度のありふれたスイッチや1万円代のIP-Phoneが使えるからだ。

実りの秋

 話を夜の銀座に戻す。Aさんに連れられていった2軒目の店は大きなグランドピアノのまわりにカウンターがしつらえられたピアノバーだった。ここでごちそうになったワインがル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルト。「ボルドーの5大シャトーの一つ,ムートンのセカンドだよ」,とAさんに説明してもらったが,ワイン通でも何でもない筆者にはその価値はよく分からない。何でも,ファースト・ラベル(シャトー・ムートン・ロートシルト)と同じ畑からできたワインだが,検査ではねられてシャトー名を名乗れなかったのがセカンドとのこと。でも,味は最高,値段もいい。

 このワインのラベルが気に入ったので貰ってきた。大つぶの赤いぶどうのふさを見て「実りの秋」という言葉が浮かんだ。皆さんには,イラストでこの感覚を味わっていただきたい。

(松田 次博)

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松田 次博:情報化研究会主宰。1984年より,情報通信に携わる人の勉強と交流を目的とした情報化研究会(www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)を主宰。著書にVoIP構築の定番となっている技術書「企業内データ・音声統合網の構築技法」や「フレームリレー・セルリレーによる企業ネットワークの新構築技法」などがある。NTTデータ勤務。趣味は,読書(エッセイ主体)と旅行。