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現実にあるものを画面上に

 では,現実に目を向けてみよう。なかなか理想通りにデザインモデルとメンタルモデルが一致する製品を開発するのは難しい。このため,何らかの学習は必要になる。とは言え,「学習しなければ使えない」製品では,ほとんど売り物にならない。それを解決するアプローチとしては,三つの方向性がある。(1)学習をできるだけ減らす,(2)学習は必要だが応用を簡単にする,(3)ユーザーだけでなくシステムにも学習させる,である。

 (1)では学習を減らすために,現実世界にあるものと同じデザインを取り込んだり,異なる機種間でユーザー・インタフェースを統一するといった方法で,メンタルモデルの形成を助けている。(2)の応用を簡単にする例では,機器やソフトウェアのふるまいをそろえることで,一度形成したメンタルモデルを流用しやすくした。(3)では,システムにも学習させるために,ユーザーの行動や操作の履歴を有効に使うことが考えられている。

 松下電器産業の液晶テレビ/プラズマ・ディスプレイである「VIERA」シリーズは,すでに現実世界で広く使われており,多くの人が慣れているもの,すなわちメンタルモデルが出来上がっているものを模したユーザー・インタフェースにすることで,ユーザビリティの向上を図っている。

 テレビやビデオがデジタル化することで,新たに搭載されるようになった機能の一つがEPG(電子番組表)だ。EPGにより,「テレビやビデオがユーザーに示す情報の量が急激に増えた」(松下電器産業 パナソニックデザイン社 パナソニックデザイングループ 開発推進チーム 主任意匠技師の中村雅一氏)。そこで,複雑化の要因であるEPGのユーザー・インタフェースをデザインする際に,「すでにユーザーが見慣れているものとして,なるべく新聞のテレビ番組欄に近付けることを考えた」(中村氏)。

画面1●松下電器産業の「VIERA」の電子番組表
すでに多くの人が見慣れている新聞のテレビ番組表になるべく近づけるデザインを採用した。チャンネル名を示す部分や,時刻を示す部分がそれに当たる。また,デフォルトでは5チャンネル分(左)を表示するが,少しでも新聞に近い一覧性を持たせようと7チャンネルや9チャンネル(右)の表示モードも備えている。
写真2●リコーは製品のユーザー・インタフェースを統一
リコーではコピー機を使う際の作業手順を,コピー機/複合機や文書管理ソフトなどのユーザー・インタフェースに落とし込んでいる。設計思想を統一することで,どの製品を使っても同じフィーリングですぐに操作できるようになることを狙っている。写真はカラーの「imagio Neo C385」。
図4●入力から出力までの流れをUIに落とし込んで統一
リコーは,コピーするという行為をモデル化し,それをコピー機や複合機,文書管理ソフトなどのユーザー・インタフェースを設計する際のベースにしている。ユーザーにとっては同じような“雰囲気”を持つユーザー・インタフェースとなり,新しい製品に初めて触れるときにメンタルモデルを形成する手助けになる。
画面2●あえてユーザーに学習させる「Mac OS X」
シンプル過ぎるほどの「Mac OS X」の初期画面。デスクトップにはドライブのアイコンと「DOC」(アプリケーションの起動や切り替え,ファイル削除などの機能を提供する)があるのみで,直観的でとっつきやすいというかつてのイメージはない。ユーザーの学習を促すために意図的に初心者を突き放すようにしているという。
画面3●下位のフォルダが右に表示されていくFinder
ファイル操作をする「Finder」のカラム表示。フォルダの内容は右のカラムに表示されていく。深い階層に移っていくと自動的に上のフォルダが隠れて新たなカラムが現れる。ファイルまで行き着いたところでファイルをクリックすると,その右のカラムにファイルの情報が表示される。
図5●他のアプリケーション・ソフトや機器でも表示を統一
「アドレスブック」(左)もFinderと同じように,登録データを分類したグループ(上位階層)が左のカラム,個別のデータのリスト(下位階層)が中央のカラム。その右にデータの内容が表示される。携帯音楽プレーヤの「iPod」(右)では,画面サイズが小さいので複数カラムは表示できないが,同じように右向きのマークを表示することで,右へ右へと掘り下げていく操作感を表現している。
図6●履歴を活用した情報家電のユーザー・インタフェース構想
操作履歴をデータベース化して利用する情報家電統合制御システムの例。ユーザーがホームシアターで映画を楽しもうといった場合,テレビやDVDプレーヤの操作をキーにして,過去の履歴を基に電気を暗くしたり,カーテンを閉めるといった操作をメニューに表示する。ユーザーは必要な操作を膨大なメニュー項目から選ばなくてすむ。

 具体的には,EPG画面の横軸のどのチャンネルかを示す部分や,縦軸の時刻を示す部分がそれに当たる(画面1[拡大表示])。チャンネル表示のところでは,チャンネル番号の数字をそれらしくデザインしており,時刻表示部は2桁の数字が入るだけの幅で細長く作ってある。多くの場合,EPGの画面からテレビ番組欄をイメージするのはなかなか難しい。その点,VIERAではEPG画面に尻込みしてしまうような層のユーザーに,テレビ番組欄で見慣れたイメージを示せる。これにより,EPGへの抵抗感は確実に減らせる。テレビ番組欄をイメージできるチャンネル番号のデザインは,新聞のテレビ番組欄のメンタルモデルを想起しやすいようアフォードしていると言える。

 さらに,「EPGはどうしても一覧性に劣る」(中村氏)ため,従来製品では3チャンネルしか1画面で表示していなかったものを,5チャンネル分に広げた*4。さらに,文字の大きさと文字量を犠牲にするのと引き換えに,7チャンネル,9チャンネルを表示するモードも用意した*5。これも,少しでも全体の見た感じを,多くのチャンネルの番組情報が並ぶテレビ欄に近付けるためである。

覚えた操作を応用できるUI

 異なる製品のユーザー・インタフェースに統一感を持たせることで,ユーザーの学習を不要にし,メンタルモデルの形成を手助けするアプローチもある。リコーは,同社のコピー機や複合機(プリンタ,スキャナ,ファクシミリなどの機能を持たせたコピー機),文書管理ソフトなどのユーザー・インタフェースを,同一の設計思想で統一した(写真2)。「全く違うものにしてしまうとユーザーは違和感を感じ,不安に思う。その不安をできるだけ取り除く」(リコー 総合経営企画室 総合デザインセンター インタラクションデザイングループ リーダー 部長の小島文代氏)のが目的だ。

 そのベースとなっているのは,コピー機を使う状況や動作だ(図4上[拡大表示])。

 文書をコピーするときには,必ず元になる文書がある。コピーという処理全体から見れば,これはインプットにあたる。コピー元の文書をコピー機にセットし,コピーする。得られたコピーがアウトプットである。この処理全体を「インプットからアウトプットへのフローとしてモデル化」(小島氏)し,これを強く意識してコピー機や複合機,アプリケーション・ソフトをデザインしている。

左から右へのフローで統一

 コピー機/複合機では,コピーするときの動作に基づいて,画面を三つの領域に分割した(図4中[拡大表示])。左の領域は,コピーの元になる文書の設定に割り当てた。元原稿が文字原稿か,写真かを選択したり,色の濃さなどを設定する。これが上記のインプットである。

 画面の中央部では,拡大/縮小や用紙サイズ,両面印刷,複数ページのページ割り付けなど,コピー作業そのものを設定する領域である。

 出力する部数やソート方法,綴じ方などは,右の領域のボタンから選ぶ。ここがアウトプットに当たる。インプットからアウトプットに向けて,左から右へと流れていくフローを,コピー機/複合機の液晶画面に表現している。

 細かい設定は別ウインドウを表示する必要がある。その場合でも,関連する領域内だけで表示するようにしており,他の領域の情報を隠さない。このため「ある領域で階層の深い設定をしていても,同時に他の領域の設定もできる」(小島氏)。

 このように,ユーザー側の作業プロセスを切り分け,明確にユーザー・インタフェース上の領域で示している。

 同じような考えをベースにして,ソフトウェアも開発している(図4下[拡大表示])。文書管理システム「Ridoc Document System」のクライアント・ソフト「Ridoc Desk 2000」では,画面の左端にインプットとして「(文書ファイルの)新規作成」「ファイル取込み」「スキャン」のアイコンが縦に並ぶ。画面の中央部には,ファイルの格納場所とファイルを表示する領域が広く取られている。ファイルをどのように出力するかは画面右端のアイコンの中から選ぶ。「印刷」「ファックス送信」「メール送信」などの処理がアウトプットとして用意されている。すべての処理を1画面の中に,左から右へという流れに従ってまとめ,なおかつ作業プロセスを分けて明確に領域を分割した。

 製品が異なれば機能も異なり,ユーザー・インタフェースも変わる。しかし,デザインのベースに共通してコピー機の作業フローがあるため,どの製品も言うなれば「同じ雰囲気」を持つ。これにより「新しい製品を導入しても,新しいものと意識せずに使い始められる」(小島氏)のだ。

 もちろん,このことはユーザビリティを向上させるための,一部分でしかない。そもそも,各機種ごとのユーザビリティが高くないと,共通化させても意味はない。「ユーザーのフィードバックから,あまり階層を深く作らずに,なるべくたくさんの操作ボタンを初期画面に表示する方が使いやすいという結論を得ている」(総合経営企画室 総合デザインセンター インタラクションデザイングループ 主席係長技師の星村隆史氏)といったように,User centered designの手法で各機種のユーザビリティを国内/海外で検証し,製品に反映させている。

作法を統一し応用を容易に

 あえてユーザーに学習を要求し,その代わりに一度身に付いたメンタルモデルを多くの場面で通用するように志向する製品もある。「Mac OS X」はその一例だ。

 Mac OSには,早くからGUI(Graphical User Interface)を備え,直観的で初心者にもやさしいOSというイメージがある。しかし,「初めてMac OS Xを起動したときの画面はシンプル過ぎて,むしろユーザーを突き放すような感じ」(アップルコンピュータ プロダクトマーケティング 課長の櫻場 浩氏)すらある(画面2)。Windowsが「スタート」ボタンでユーザーをガイドしようとしているのとは対照的だ。

 これは,「最初はむしろ苦労してもらってでも使い方に習熟し,最低限のコンピュータの素養を身に付けてもらいたいと考えている」(櫻場氏)ためだ。その代わりに何か一つを覚えてメンタルモデルを形成できれば,それを他の操作に応用できるようなユーザー・インタフェースに力を入れた。Macintoshだからこそ,こうした考え方が成り立つとも言えるが,何がしかの学習が避けられないとすれば,こうした割り切りも一つの考え方ではある。

 応用が効くのは,操作に応じて表示が変わっていく状態変化を,アプリケーション間で統一したからだ。例えばファイルを操作する「Finder」のカラム表示である(画面3[拡大表示])。下位階層のフォルダやファイルを持つフォルダには,右向きの三角マークが付く。こうしたフォルダのいずれかをクリックすると,その右のカラムに内容が表示される。深い階層へと進んでいくと,それぞれの内容が次々に右のカラムへと表示されていく。上位の階層から下位の階層へという流れが,左から右に進むように示されている。

 細部へ進むに従い,右へ右へと進んでいく操作と表示の体系が,他のアプリケーション・ソフトでも採用されている(図5[拡大表示])。例えば「アドレスブック」では,登録したユーザーを分類したグループが一番左のカラムに,各グループに分類したユーザーのリストが中央のカラムに,各ユーザーの情報は右の領域に表示される。Finderと同様,上位の階層が左に表示され,下位の階層に進んでいくに従い,右の方に表示されていく。

 携帯音楽プレーヤの「iPod」も同じユーザー・インタフェースを持つ。iPodの場合は液晶ディスプレイの大きさから,複数のカラムを表示できるようにはなっていない。しかし,下位に情報を持つアイテムには右に進むと情報があることを示す「>」マークが付いている。その項目を選択すると,その項目の内容に切り替わる。Finderであれば右に次々と表示されていくカラムを,1画面ずつ見せている形だ。これにより,Finderと同じような感覚でiPodも操作できる。その逆に,iPodで覚えた操作をFinderに応用するユーザーもいるだろう。

履歴によりシステムが学習

 ユーザーに求められる学習を,システムにも負担させることに焦点を当てたアプローチもある。その鍵になるのは,ユーザーの操作履歴だ。

 2004年3月に情報処理相互運用技術協会(INTAP)が発表した「高度ふれあい社会を実現する生活情報家電インタフェースの実証実験」では,家庭内の家電製品にどのような操作を指示したかという履歴を管理し,それを基にユーザーが求めるであろう操作を自動的にメニュー化する仕組みが盛り込まれている(図6[拡大表示])。この実証実験のポイントは,家庭内の様々な機器に対して指示した操作を履歴として管理し,必要と考えられる「次の操作」を履歴情報に基づいて動的に生成し,ユーザーに提示する点にある。

 例えば,ホームシアターでDVDの映画を楽しむ場合,ユーザーはDVDプレーヤやテレビの電源を入れるところから操作を始める。履歴サーバーはこれを解析し,過去の履歴からこれらの操作と同時に使われた「部屋の明かりを消す」もしくは「暗くする」,「カーテンを閉める」などの操作をメニューとしてユーザーに提示する。履歴から的確に関連する操作を導き出せれば,それを自動実行するようなシステムも可能になるかもしれない。

 家電の情報化が進んでいくと,機器の種類も増え,可能な操作も膨大になる。その一覧の中からユーザーが必要な操作を選ぶのは,どんなユーザー・インタフェースを作っても難しいに違いない。しかし「意外と人間の操作はパターン化されており,きちんと情報を集めて解析すれば,ある操作に付随する要素を履歴から導き出せる」(実証実験のシステム開発を主管した産業技術総合研究所 サイバーアシスト開発センター ソフトウェア研究チーム チームリーダーの森 彰氏)。

 ユーザーが望んでいることに的確に応えるには巨大なデータベースが必要だ。その中から人が判断するように一連の操作を選び出すとなると,人工知能的な処理が必要なようにも思える。しかし森氏は,データをXML(eXtended Markup Language)で構造化し,ナレッジ・マネジメントやデータ・マイニングの技術を使うことにより,「AIに頼らなくても,ほとんどのことはプログラムで処理できる」と見ている。

 究極は,ユーザーは「こうしたい」と思うだけで,システムがそれを読み取とって実行する形態かもしれない。しかし,今は実現手段がない。そこで,ユーザーの最初の操作をきっかけに履歴から他の操作を提案していくのが第一次近似解というわけだ。

 今回の実証実験は,「とりあえず,想定した状況下で履歴からメニューを生成し,機器を制御できることが確認できた段階」(森氏)で,研究としてはまだ初期の段階にある。まずは「ユーザー・インタフェースの前に,計算機でできることを整備する」(森氏)ことが目下の課題だ。ユーザー・インタフェースまで含めてシステムとして仕上げるにはまだ時間がかかりそうだが,「履歴を使った操作メニューの生成システムは,1~2年でできるだろう」(森氏)と予想している。

(仙石 誠)