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電気配線を置き換える

図3●半導体の微細化に伴う信号遅延
微細化によって抵抗値が上がり配線間の干渉が増えることで信号の伝達時間が遅くなる。半導体の業界団体ITRS(International Technology Roadmap for Semiconductors)の資料を基に作成。
図4●電気配線と光配線の速度と伝達距離の違い
動作周波数が上がると電気信号は長距離伝送が難しくなる。
図5●ハードディスクの容量
1インチ平方メートル当たりの面記録密度が200Gビット/インチ2以上になると,現行の記録方式を変える必要がある。1ビットの記録に使う磁区の大きさが小さくなり過ぎ,常温で記録磁界を保てない「熱ゆらぎ」と呼ぶ現象が起こるからだ。このためディスクに対して垂直方向に磁化する「垂直磁気記録方式」の開発が進んでいる。ただ垂直磁気記録であっても,いずれ熱ゆらぎが起こり始める。そこで記録時にレーザーを照射することで磁力を上げる「光アシスト方式」が考えられている。
図6●パソコンのバスとインタフェース
バスが光化し,光インタフェースがパソコンでも使われる。

 これから始まる「光の挑戦」のターゲットは,光コンピュータではない。演算と制御,および主記憶にはこれまで通り半導体を使う。光技術は配線,ネットワーク,そしてストレージに適用する。

 配線が問題になるのは,配線を伝わる信号の遅延や伝送距離の制約が性能向上を妨げているからだ。

 遅延は半導体の微細化の副作用である(前ページの図3[拡大表示])。微細化で配線が細くなり電気抵抗が増える。微細化するとトランジスタのオン/オフにかかる時間(ゲート遅延時間)が短くなるので,ゲート全体の遅延は短くなる。ところが製造プロセスルールが0.18μmを下回るころから,ゲート遅延時間の減少以上に,チップ内の配線遅延が増大。これが微細化による動作周波数向上を妨げる。

 もう一つの課題は,高速化に伴い信号の伝送距離が短くなること(図4[拡大表示])。一般に1GHzの信号は電気配線だと3cmを超えると届かなくなる。複数のチップを基板に配置する際の制約になる。10GHz動作だと,わずか1cmで信号伝送に支障が出始める。こうなるとチップ内の配線も困難だ。四角形の半導体の端から端まで信号が到達できる程度にまで動作周波数を落とさなくてはならない。「システムとして見たときに鍵を握るのは配線」(東北大学工学研究科バイオロボティクス専攻バイオデバイス工学講座の小柳光正教授)なのだ。

 光ケーブルは電気信号を流す金属ケーブルより信号の減衰が少ない。このため「10Gビット/秒を一つの境目」(日本IBM東京基礎研究所シニア・テクニカル・スタッフ・メンバーの平洋一主席研究員)として,高速動作が求められるメモリーバスは電気配線から光配線に移行する。10GHz動作であれば,光の通り道(光導波路)にポリイミドなど有機系の材料を使う場合で1mの信号伝送が可能だ。石英ガラスなどのシリカ系の材料を光導波路に使う場合では10m。動作周波数が100GHzや1THzであっても信号の到達距離はそれほど減少しない。もちろんこれを実現するには,後述するように効率よく光回路と電子回路を混載できなければならない。

光の力で1Tバイト超の容量を目指す

 半導体と同じく微細化の壁に当たっているのがハードディスクだ(図5[拡大表示])。現行のハードディスクは,ディスクに対して水平に磁界をかけることで記録マークを作成する。容量を上げるために記録マークを小さくするが,1ビットの記録に使う磁区の大きさが小さくなり過ぎると,常温で記録磁界を保てない「熱ゆらぎ」と呼ぶ現象が起こる。1平方インチ当たりの面記録密度が200Gビットを超えると,現行の記録方式を変える必要が出てくる。

 熱ゆらぎを抑えるには,記録マークの面積を変えずに磁区を大きくするしかない。このためディスクに対して垂直方向に磁化する「垂直磁気記録方式」の開発が進んでいる。垂直方向に磁区を大きくすることで記録磁界の消失を防ぐ。

 ただ垂直磁気記録でも,いずれ熱ゆらぎが起こり始める。そこで考えられているのが,記録時にレーザーを照射することで磁力を上げる「光アシスト方式」だ。記録の際にレーザー光で加熱しながら磁界をかけると,その後に起こる自然急冷によって保持力が高まる性質を利用する。例えば米Seagate Technology社は1Tビット/インチ2の記録密度から光アシスト方式を採用する。

 光ディスクも,従来方式の延長では大幅に記録容量を増やすのが難しくなってきている。現在の光ディスクはレーザー光をレンズで集光して記録マークを書き込むのが主流。集光したレーザー光の照射範囲(ビームスポット径)をどれだけ絞り込めるかが記録密度を左右する。このため光ディスクはレーザー光の種類やレンズの集光能力を高めることでビームスポット径を縮小してきた。この延長では大幅な記録密度の向上は望めなくなってきた。

 そこで「ホログラム記録」と「近接場光記録」が次世代光ディスクの記録原理として検討されている。ホログラム記録は一つの記録マークに3万~6万ビットの情報を記録することで,近接場光記録はビームスポット径より小さい特殊な光を発生させて記録マークを形成することで,それぞれディスク1枚当たり200Gバイトから1Tバイト超の容量を実現する。

半導体と光デバイスの融合が始まる

 以上のように,コンピュータは今後10年をめどに配線やストレージなどに光技術を取り入れる。そのための課題は機能の集積だ。

 例えばチップ間配線に光を使うには,電気信号を光信号に変える部品を半導体部品に集積する必要がある(図6[拡大表示])。現在の光通信に使う部品の材料はガラスやプラスチックなど。この点「光部品は小型化の面で半導体にかなわない」(複数の研究者)。

 半導体は微細化によってトランジスタの数を増やすことで,機能を集積してきた。そこで考えられているのがシリコンと光部品を融合させる手法である。まず光源は1970年代に生まれた半導体レーザーを使える。光信号を電気信号に変換する素子も,ごく一般的な半導体部品である。不足しているのは,送受したい情報に合わせて光信号を制御する技術だ。

 ここに来てようやく,光送受信器などの光部品をシリコン基板に集積する「シリコン・フォトニクス」が現実のものになり始めた。シリコン・フォトニクスによって,大きさとコストの面でパソコンへの光技術の適用が見えてきた。

 バスの駆動周波数が10GHzを超えるころから,光化が始まる。基板に配したチップ同士が光で信号をやり取りするようになる。例えば米Intel社は2004年2月に,1GHzの速さでレーザー光源をオン/オフできるシリコン光変調器を開発した。半導体の動作周波数が10GHzを超えるころからCPUやメモリー・コントローラなど高速動作が要求される部分に光の送受信器を集積する予定だ。