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デフォルト値を適切に設定する

 次に取り上げるのが,デフォルト値です。ヒューマン・インタフェース設計者にとっての第1関門は,デフォルトの状態で使いやすいとか,使えると思ってもらえるかどうかにあります。

 例えばパソコンのネットワーク設定は,複雑で難しいものです。それが原因でパソコンでインターネットやメール機能が使えないユーザーは少なくありません。ただそうした人たちも,携帯電話のネットワーク機能なら使えるという話をよく聞きます。パソコンではユーザーがネットワークを設定しないとネットワークにつながりませんが,携帯電話ではデフォルトでネットワークにアクセスできるからです。

 デフォルトの状態での使いやすさを実現するのは,簡単なことではありません。その大きな原因として,デフォルト値を設定しておくべき環境変数が膨大になっていることが挙げられます。パソコンを例に取ってみると,ウインドウ・システム導入以前の1980年当時は,OSとアプリケーションについていくつかの環境変数を設定すれば十分でした。今ではウインドウ・システムやネットワーク・プロトコル,メールソフトやWebブラウザなど,それぞれ多くの環境変数を抱えています。その一つひとつについて,適切にデフォルト値を設定しなければなりません。

 デフォルト値を決める際に,留意すべきポイントは大きく二つあります。一つは,ユーザーの期待(思い込み)に沿った値を設定することです。こうなるはずだと思い込んでいる操作が期待通りにいかないと,ユーザーは面食らいます。

 端的な例が,従来からある機能に関するデフォルト値を変更した場合です。例えば,デフォルトで設定されている携帯電話の文字入力の方式が変更になった場合を考えてみましょう。通常,携帯電話ではマルチタップ方式と呼ばれる方式が一般的です。「い」を入力するのに,「1」のキーを2回押す方法です。しかし多くの機種が,ポケットベルで使われていた文字入力方式もサポートしています。極端かもしれませんが,これまでマルチタップ方式がデフォルトだったのに,急にポケベル方式に変わったら戸惑うユーザーは多いでしょう。ポケベル方式では,「1」を2回押すと「あ」が入力されるからです。

 ユーザーは,既存の機能については従来のデフォルト値が踏襲されていると想定しています。何もしなくても,そのまま使えると思い込んでいるのです。それに反して,製品シリーズの途中でデフォルト値を変更すると,なぜ使えないのか,自分は何も悪いことはしていないのにと混乱するユーザーが出てくるわけです。このため,基本的には既存の機能については従来のデフォルト値を継承します。

設定を見えるようにする

 もう一つは,設定されている内容をユーザーに分かりやすく見せることです。設定の内容が分かれば,それを自分で変更することが比較的容易になります。例えば,壁紙やアイコンなどの見た目(Look&FeelのうちのLook)は,多くのユーザーが進んでデフォルト値を変更します。現在設定されている内容が一目瞭然だからです。携帯電話では,着信メロディ(着メロ)もデフォルト値が分かりやすいものの一つです。インフォプラントが4万人の「iモード」ユーザーに対して実施した調査によれば,なんと半数以上が1カ月以内に携帯電話の着メロを変更しているそうです。年齢が低くなるほど変更頻度は高く,19歳以下(U19)では半月以内で変更します。変更したことがないユーザーは0%です。つまりU19では,着メロの変更は必然なわけです。

 これに対して,見えない使い勝手(Look&FeelのうちのFeel)に関しては,ユーザーにはデフォルト値の設定が見えません。先ほどの,携帯電話の文字入力方式などがこれに当たります。一見して分からないと,新製品のデフォルト値が従来と違っていてもそれに気づくのに時間がかかります。その結果,ユーザーは混乱します。ユーザーの使い勝手に影響を与える機能の設定は奥に隠さず,外観(Look)から変化が理解できるように可視性を高めておくことが大切です。

 これらから類推するに,ネットワーク機能が複雑になっても,可視性を高めておけばユーザーにはそれほど混乱を与えずに済むのではないでしょうか。デフォルト値の変化などをユーザーが理解でき,自分に合うように変更できるからです。インタフェース設計者は,情報家電などのネットワーク機能を理解し,可視性の高いインタフェース設計を心がける必要があります。

情報空間と実空間をつなぐ知識を利用

 最後に,コミュニケーション知について考えてみます。コミュニケーション知とは,ヒトとヒト,ヒトとモノがコミュニケーションする際に必要となる知識です。具体的には,ヒトが今どのような状態にいるか,そのヒトが実世界をどのように認識しているかなどの知識です。この知識に基づいてコミュニケーションを進めないと,ユーザーに違和感を与えてしまうのです。

図3●インタフェース設計に必要な知識
日本語ワープロを作るには,日本語に関する知識が必要になる。このため国語辞典や文法書を電子化して利用した。またGUIを使って文書の作成作業を視覚化するには,編集作業そのものに関する知識も必要とされる。一方,工場などの現場で利用されるアプリケーションでは,現場の作業にかかわる知識が電子化の対象となる。例えばシミュレータでは,機械や部品などのオブジェクトのデータやその構造,動作などが電子化される。今後,ヒトとモノがより深くかかわり合うインタフェースを実現するには,コミュニケーションに関する知識が求められる。例えば歩行者ナビゲーションでは,人が実世界をどう認識しているか,人が現在どのような状態にあるかといった知識が必要となる。

 コミュニケーション知に限らず,計算機のヒューマン・インタフェース設計では常に,情報空間と実空間をつなぐための知識が必要とされてきました。ただ従来のアプリケーションでは,多くの場合,既に知識は存在していました(図3[拡大表示])。例えば,日本語ワープロで必要とされる知識は,国語辞書や文法辞書の中にありました。ワープロに必須の機能であるかな漢字変換システムでは,まず国語辞書を基に単語を電子化して辞書にします。次に文法書を基に,単語同士がつながって1文を構成するための文法を遷移ネットワークとして記述し,電子化します。実空間で使われている言語に関する知識の集大成が,既にあったのです。

 またワープロにGUI(Graphical User Interface)を導入する際は,実空間における文書編集作業に関する知識が必要になりました。これを電子化することで,ワープロでの文書の編集過程を視覚化するWYSIWYG(What You See Is What You Get)が実現できたのです。ディスプレイ上で作業の結果をリアルタイムに再現することで,編集という実空間での作業が情報空間と直に融合したわけです。

 機械制御のシミュレーション・ソフトなど,工場のような現場で使われるアプリケーションでも,既存の知識が電子化されてきました。工場やラインなどの仕様書や,現場での作業指示書です。

 これらの記述は,現場に実在するもの(オブジェクト)を単位としています。オブジェクトは,CG(Computer Graphics)データとして情報空間に取り入れました。また各オブジェクトには,属性情報も持たせました。操作盤の上に操作ボタンがあるといったオブジェクト間の構造情報や,操作ボタンは押せば下がる,色が赤くなるといった動作情報です。こうした情報を持たせることで,実空間と同じような空間を情報空間に再構築できるわけです。さらに,バルブの開閉などのボタン操作をプラントや火力発電,原子力発電などのシミュレータと結びつけ,現象を再現することも可能になりました。視覚化だけでなく聴覚化もするなど,表現もさらに進化しました。