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 コンピュータを人が管理する時代は終わろうとしている。

 聖書創世記の冒頭には次のような言葉がある。「初めに神は天地を創造した。地は混沌であって,闇が深淵の面にあり,神の霊が水の面を動いていた。『光あれ』と神は言った。こうして光ができた」。

 これまでのコンピューティング・スタイルは,まさにこのような世界だった。神たるプログラマが起こり得るすべてのケースを想定してプログラミングしておく。全知全能の神が地上の創生物を監視し,管理するようにである。

図1●生物指向コンピューティングの必然性
相互につながるコンピュータ数が増大した結果,組み合わせが多くなりすぎて,シナリオ通りにシステムを管理できなくなった。しかし,生物界を見たとき,個々が自律的に動作しながら,全体として問題なく動作している。こういったエッセンスをコンピュータ・システムに取り込むのが生物指向コンピューティングである。

 ところが,こういったコンピューティング・スタイルはもはや限界を迎えつつある。コンピュータの数は限りなく増え,これらがすべてネットワークにつながるからだ。ハードウェアやソフトウェアの管理において,考るべき組み合わせが多すぎて,人が管理できない世界になってきた(図1[拡大表示])。

 そこで今,「生物指向コンピューティング」と呼ぶべき新しいコンピューティング・スタイルの必要性が高まってきた。生物や細胞のように,コンピュータが自律的に行動しながら,柔軟性に富むとともに,拡張性があり,全体として統一のとれたサービスを提供するシステムを目指すものだ。

限界迫る現行システム

 年を経るごとにコンピュータの数は増加し,社会のコンピュータへの依存度はどんどん大きくなっている。

 メインフレームやオフコン,ミニコン全盛の時代には,1社にコンピュータは1台しかないという状況が当たり前だった。コンピュータは,経理処理や設計のための“計算機”として使われた。パソコンとLANの登場によって,1人1台のコンピュータ環境が登場し,使われ方は多様化した。計算のためだけではなく,書類作成やコミュニケーションのためのツールとしても使われるようになった。さらに,変化をもたらしたのが,インターネット。家庭にパソコンが一気に浸透するとともに,携帯電話がインターネット端末に変わった。今後は,家電がインターネットにつながる。今やコンピュータは生活と社会の基盤になった。

 ネットワークにつながるコンピュータの増大が,結果としてコンピューティング環境に不安定さを生んだ。インターネットの世界では,いつどこでトラフィックが発生するかわからないからである。例えば,想定量を超えたアクセスが突然発生し,Webサーバーがダウンする。ネットワークで突然大きなトラフィックが発生し,つながらなくなるといった事態が起こる。

集中管理のツケ

 なぜ,システムの不安定さが生じるのか。突き詰めていけば,トラフィックや処理の突発的な集中に対応できるように,システムを柔軟に再構成できない管理システムに原因がある。

 メインフレームの時代から現在まで,システムの管理という観点で見ると,すべて集中的な手法が使われてきた。クライアント―サーバー時代には分散システムが叫ばれたが,処理を分散しただけで,どのコンピュータでどのように処理するかといった計画は,すべて人が決めた。ネットワークに参加するコンピュータ数が限られている時代にはこれでもよかった。

 トラフィックが予測できないインターネットの時代になっても管理方法は旧態依然としている。サーバーの負荷が高ければ,管理者が新しいサーバーを追加して,この負荷を軽減する。ネットワークがボトルネックになれば回線を増強する。これが現状のシステム運用方法だ。

 今後を考えたとき,ネットワークにつながるコンピュータ数はどんどん増えていくだろうし,P2Pアプリケーションが普及するだろう。そうしたときに,負荷の状況に合わせて,場当たり的に管理者が対処するような方法では,もはやしのげない。

(中道 理)