日本で広く使われている「JPドメイン」の管理・登録業務が民間会社に移管されることになった。これまでJPドメインの管理を一手に引き受けてきたJPNIC(日本ネットワークインフォメーションセンター)が方針を転換した。しかし,ドメイン名の登録業務を代行するISP(インターネット・サービス・プロバイダ)などから,民営化を危惧する声も上がっていた。そこでJPNICの理事長を務め,日本のインターネット業界の第一人者である村井純氏に,ドメインを巡る現状の問題点と今後の見通しを聞いた。
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写真撮影:田中 仁 |

ドメイン名の空間は基本的にIP(本誌注:インターネット層のプロトコル)アドレスと違って,無限の空間を一応は持っています。しかし知的所有権や商標の問題などを考えていくと,いろいろな制限があるのは事実です。つまり理論的には無限空間だけれども,現実にはいくつかの強い制約を持つ空間だということでしょう。
だからこそ,ドメイン空間を有効に利用することが重要になります。JPドメインは今のところJPNICが責任を持って運用しているわけですが,非常に親しみをもって使われているJPドメインがもっとスムーズに,本来の有効なリソースとして広く使われていくためにはいくつか問題があります。
――たとえばどんな問題でしょうか。まず,どうしたらJPドメインをもっと有効に使えるかという方法論があります。その手順に関しては,これまでの議論の中でコンセンサスができてきました。それは民間の力,あるいは競争によって,インターネット上に公益の空間を作り上げていこうという大きな方針です。
そうなると,もう一つのバイアスつまり公益法人や政府機関のスリム化という話が出てきます。「JPNICはちょっと太りすぎているからやせろ」と言われた事実はないのですが,そうした方向があるということは,はっきりと担当官庁からは言われています。つまりその方向での改革が望ましい。これが大枠の流れだと思います。
登録と管理は,別組織が担うべき
――COMドメインの世界では,ドメインの管理・登録を民間の米NSI(ネットワーク・ソリューションズ)がやっていて非常に活気があるようですが,一方でいろいろなことを独占していることに対して賛否両論があるようです。(深くうなずいて)課題があるということですね。
――ですから日本でドメイン名の管理と登録を民営化するときにも注意すべきことがあるのでしょうね。これには,一見したところ矛盾する二つの重要なポイントがあります。一つはきちんと健康に動くということ。そうでなければJPドメインはしぼむわけですから,目的を達成できません。これが重要ですけれども,この点が不健康になる原因の一つとして知られている,そして我々が経験していることはやはりモノポリ(独占)です。したがって競争の原理をどうやって導入するかが二つ目です。
――新しい民間会社がレジストリ(ドメイン名の管理組織)の部分だけをやって,レジストラ(ドメイン名の登録を受け付け,割り当てる事業者)の部分は競争原理を発揮できるところに任せる,という案はなかったのですか。いや,そういう方向に行くべきだと思いますよ。
――今回の民間会社は,両方を一緒にやるという話しではないのですか。そうではないですね,原則としては。レジストリとレジストラの境界をどこに置くかというのは,いくつかの考え方があるんです。新会社がどこまでやるのかという部分は,たぶん少し様子をみないといけないと思います。少なくとも登録代行業者が,「新JPドメインの登録に全く対応できません」,あるいは「準備ができていません」という段階では,だれかができるようにしておかなきゃいけないと思うんです。
したがって私のイメージは,最初の段階では登録代行業者は新会社が抱えておいて,その部分が後で切り離されるのか,あるいはどこかに吸収されるかもしれませんけれども,そんな形のステップを踏むことになると思っています。
民間会社への業務移管は既定路線
――ドメイン名の管理・登録業務の民営化については10月27日に公表して,11月2日の総会で決定という計画が一度は延期になりました。公表からの期間が短かったという声も聞きます。そのあたりは何か事情があったのですか。公表された内容がよくわからないという方が多い中でいきなり総会にかけようとしたことと,情報の流通が悪かったという2点については,私たちとしては非常に反省しています。ただ,汎用JPドメイン(本誌注:末尾にJPが付くドメイン名の新しいメニュー)が早くスタートするということは,ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)の方にとっても,エンドユーザーにとっても大変楽しみなことだし,もう合意があると思うんですよ。そうすると今すべきことは,十分な情報公開を行って,適切な方法で先へ進むことだと思っています。
――汎用JPドメインの話については,Webサイトなどで以前からいろいろ情報が出ていました。ところが新会社の件については,事前に出ていませんね。早めに出すと混乱するというようなことを危惧していたのですか。そうした事実は別にありません。ただ不確定な要素がだいぶあるので,できるだけ責任の持てる情報を流したいということはありました。方針として民営化を進めなければいけないということは,相当以前から理事会の記録などにも出ています。
――つまり既定の路線だったというわけですね。方向性としてはありました。検討を進めるという理事会の決定もして,検討を進めていたわけです。そこまでは,だいぶ前ですけれども公表しています。その成果がまとまってきたので,当初の方針にのっとって実行に移そうとしたわけですが。その進め方が非常に急ピッチだったのでメンバーに不安を与えたというのは事実です。特に,公益性を持った,いろいろな方に貢献する組織ですから,そうした情報がきちんと流通しなければいけないというのは,全くその通りだと思います。
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立場によって民営化の意味は違う
――民間会社への業務移管は12月22日の総会で決定しましたが,まだ難しい問題もあるのでしょうね。一番複雑なのは,プロフィットのメンバーつまりISPと,ノンプロフィットのメンバーがいることです。この二つの方々にとって民営化の意味はすごく違うんです。例えばノンプロフィットのメンバーすなわち地域IX(相互接続地点)であるとか,私たちもそうですが,WIDEのような研究のグループなどはIPアドレスとドメインの二つに関心があると思います。その一方でドメイン名の登録代行業者のような方がいて,新しいドメインだけに関心がある。つまりIPアドレスには関心のない方たちがいる。
実は,JPNICはドメインの収益で他の事業を動かすという構造になっているんです。これはとても不健全なので,そこを変えなければならない。変えると今度は,会員は何のために会費を払うのか。その会費はいくらなのか。ここが問題になります。
そこで会費の仕組みを変えました。特にノンプロフィットの会員のモチベーションをよく調査した結果,地方で活躍されている地域IXなどを中心としたノンプロフィットの方たちの負担が減るような形に修正しました。
――JPNICは今後どうなるのでしょうか。社団法人JPNICが何をするのか。そして民営化する新会社は何をするのか。実は二つのことが同時に動いているわけです。この二つを同時に進行させるのは,やはりとても難しい。基本的には新会社がスタートして,安定するのを待ち,それから社団法人JPNICの未来の計画があるわけです。
――一般にかなり公益性の強いものが民間会社になって活気がでると,利潤を追求するあまり暴走しかねないと心配する人は必ずいます。それを払拭するには先ほどお話のあったような競争原理を持ち込むことが必要でしょうね。もちろんそうです。JPドメインに対する責任は,基本的に今の段階では,日本国民全体で持っているものだと思っています。インターネットの世界では,みんなの目で見ていてうまくないと思ったときに,問題を解決できる仕組みを用意しておくことがとても大切です。この新会社に関しても,そうした可能性が約束されてはいますけれども,その具体的な方法は,世界的なインターネット調整機関であるICANNとの契約を絡めた内容として担保されています。