「IT革命」を単なるお題目に終わらせないために,政府や企業経営者は今,どんな行動をとるべきなのか。IT(情報技術)を活用して,どう改革を実践すればいいのか。企業経営史の研究を通じて「IT時代の企業経営のあり方」を論じている,米倉誠一郎教授に聞いた。米倉教授は,「今はIT革命という言葉だけが先行して,だれもビジョンを描いていない。これでは白けるだけ」,「経営者は今こそ欧米の先進企業に学び,自ら変革をリードすべきなのに,その気が見られない」と舌鋒鋭く語る。
![]() |
写真撮影:寺尾 豊 |
――最近,あちこちで「IT革命」という言葉が聞かれるようになりました。特に政府が熱心なのですが,その割には盛り上がりに欠けると思います。
そうですね。大きな理由が二つあると思います。一つは革命といっているにもかかわらず,革命後の姿をだれもぜんぜん描いていない。だから,みんな白けるんです。
革命というのは,何か明確な目的が必要です。例えばモスクワのレーニン博物館に行くと,レーニンを描いた素晴らしい油絵がいっぱいあるんですよ。レーニンが農民や漁民に,「社会主義革命が来る,こんないい世界が来るぞ」と,こんこんと説いているわけです。農民たちは,その言葉に聞き入っている。そういう理想があったから革命後,1950年代までのソ連はすごかった。
だてに人類を初めて宇宙に送ったわけじゃない。その後は悪かったけれども,最初のエネルギーはすごかったんですよ。でも今のIT革命は,だれもそれを言っていないでしょう。
ビジョンを描くことが重要
ヤン・カールソンという人が,『真実の瞬間』という本の中で非常にいいエピソードを書いているんです。あるところに2人の石を刻む男がいた。1人に「何をやっているんだ」と聞くと,「わかんないのか。くそいまいましい石を削っているんじゃないか」。もう1人に聞くと,「世界で一番美しいカテドラルの基礎を作っているんです」と言う。1人はただ削れと言われ,もう1人は設計図とビジョンを渡された。この違いは大きい。
これを日本に当てはめると,行政機関だろうと企業だろうと,「わかんないのかよ。このくそいまいましいインターネットを入れているんじゃないか」と,こうなるわけですよ。
盛り上がらない二つ目の理由は,今あるものを効率化するという話ではないことがわかっていない。
――現状の改善や改良にとどまっているということですか。
そう。この間,伊藤忠商事など複数の商社が作ったベンチャーの「e在庫ドット・コム」というサイトの人から話を聞いたんです。面白いなと思ったのは,こういうサイトがあると,以前は廃棄物でしかなかったものがしっかりビジネスになる。例えばある製鉄会社で特殊鋼が0.8トン余った。これはもうゴミです。ところが,多治見かどこかの包丁会社にとっては「0.8トン,それは丁度いい。2万円で売って」となる。
普通だったら,これはビジネスにならないですよね。ところがWebだと,中国に頼んで作りすぎた小銭入れが余って困っているとか,マッチングできてしまう。昔は情報の配布・検索コストが高すぎた。Webだといとも簡単にビジネスになるわけです。
ところがこういうサイトに対する経営者の認識は,買い手は商品に不安があるし,売り手は買いたたかれるかもしれないといった程度でしょう。しかも実際の取引はまだ多くないから,「やっぱりWebはダメ」と言う。そうじゃないんですよ。一部のところに滞留していた情報が分散して,新しいビジネスにつながる。こういうところがIT革命の最大の本質ですよね。
――そういったことを企業の経営層は認識すべきだと?
その通りです。それと僕が最近繰り返し言っているのは,経営者はともかく株主重視でいくべきだということです。でも大手企業の経営者は「いや雇用が大事だ。我々は人の顔をした優しい資本主義でいく」とこう言う。僕からすれば「ふざけるな」ですよ。彼らは今が変革期にあることがわかっていない。
従業員や地域社会,取引先などはもちろん大事です。その人たちを満足させて初めて,尊敬される企業になる。ところが変革期は,それではすまない。船が沈むかどうかの瀬戸際には全員を救うことは不可能で,船長の仕事はだれからまず降りろと言うことなんです。
それが雇用重視だと言った瞬間に,とれる手段が制約されてしまう。雇用重視は資本効率が二の次だということだから,お金が入ってこなくなります。すると動きようがないから,人材が来ない,企業は活性化しない。悪循環に陥るんです。このままだと80%の確率で「失われた10年」が繰り返されるでしょう。
外圧で変わるしかない?
![]() |
一つは株主重視の姿勢に改めることです。でもこの可能性は本当に小さい。もう一つは米国の景気がものすごく悪くなって,ブッシュ政権が日本に構造改革を迫る。外圧をかけるんです。この可能性の方が大きい。明治維新であれ,第二次世界大戦であれ,オイルショックにしても結局,外圧だったわけですから。
それからベンチャーが活躍するシナリオもあります。ネット株は今,暴落してしまいましたが,夢と可能性を示してくれたと思うんです。
――しかしネット・ベンチャーは玉石混淆だし,いろいろ批判もあります。
みんな上場しか頭にないとか,技術もないのに,あるように見せかけるとかっていう批判でしょう。
それは大きな間違いです。株式上場は起業家がしたいと思ってもできなくて,投資家や証券会社がいるからできる。そのことを忘れて,責任を起業家に押しつけているんです。健全な市場なら,問題がある企業はいずれ淘汰される。だから,僕は「上場を目指す」と堂々と言っていいと思う。
――実際にITによる革新を進めるときに,企業や政府がとるべき行動は?
まず経営者は「ITを使って3年後までにこういう会社にする。3年以内に有利子負債をこれだけ減らして,株価はここまで引き上げる」と明言すべきです。できなかったら潔く退陣するという覚悟でね。
今は雇用維持が言い訳になっている。でも雇用問題は政府がセーフティ・ネットを作るなりして,守ればいい。それが政府の役割の一つなんです。
そういうと政府は「予算がない」と言う。でも僕に言わせれば,本予算に手をつけさえすれば何とかなるんですよ。簡単な例を挙げましょうか。国立大学の先生と国立研究所は,合計で年間1500億円の研究予算がある。我々はそれで研究しているんです。ところが農林水産省はあぜ道を舗装するのに,毎年いくら使っていると思います?1600億円ですよ。研究費より多い。ふざけるなでしょう。
政府は本予算に手をつけて,生きるところに予算を回せと言いたい。アメリカは80年代の不況期にレーガン政権が規制緩和して,政府予算の配分も大胆に見直した。それが今,生きているんです。最近は景気が多少スローダウンしているけど,シリコンバレーはもちろんニューヨークやシアトルは元気だし,ボストン,シカゴもおもしろい。IT革命の本質である,分散化していることの勝利,国土設計の勝利です。
これらの都市では過密ということがなくて,テニスコートやプール付きの家が3000万円程度で買える。そこから全米各地の図書館にアクセスして情報を入手して,勉強や仕事ができる。そうすると生活の質と仕事が,本当に両立するんです。昔,情報ハイウエーといっていた時に,そんな世界をアメリカ人は見ることができたわけですよ。日本には,そういうビジョンがない。
謙虚に欧米から学ぶべき
――今こそもう一度,欧米から学べということですか。
日本人の一番優れた資質の一つは,謙虚に学ぶことだったはずです。それを忘れていますよ。1992年に米IBMはばく大な赤字を出した。その直後,ルイス・ガースナー会長が就任して,ハードの販売からサービスに主力事業をがらっと変えた。おかげで今や高収益企業です。じゃあ,ガースナー会長は実際に何をやったのか。あるいは米国企業がITを導入して企業を変革したというけど,本当のところ,どんなことをしたのか。こういうことを自分の目で見て,耳で聞いて理解している経営者が何人いるかです。
昔の日本企業の経営者は,諸外国から一生懸命学ぼうとしていたけど,今は全然していないでしょう。だれかに行かせて報告を聞いたり,本を読んだりはするけどね。それじゃだめで,やはり自分で汗をかいて学ばなきゃ。