新規上場株の上場直後の取引では,証券会社が異常な注文データを誤入力しても,東京証券取引所で取引が成立してしまう。2001年11月30日の電通上場に伴う取引で,こうしたシステム関連の課題が明らかになった。制度上の理由で,上場直後は東証側で異常値をチェックできないからだ。

 投資家が出した株式の売買注文が取引システムに到達するまでには通常,二重のチェックを受ける。一つは,証券会社の注文システムである。注文の株式数あるいは価格が異常な場合,注文システムが異常値を発見して警告メッセージを出す。第2のチェックは,東京証券取引所の注文受付システムである。ここに,注文価格をチェックする機能が組み込まれている。

 どちらのチェック機構も,基準価格よりも一定額以上高かったり低かったりする注文をチェックする仕組みである。基準価格は通常,前日までの取引値を使う。新規上場の場合は前日までの取引値がないので,証券会社の場合は,公募価格を利用してチェックをかけるのが通例だ。

 ところが,東証の注文受付システムでは制度上,公募価格を仮の基準価格とすることができない。そこで新規上場株に対しては,上場初日の始値はじめね:最初の取引成立でついた株価)を基準値にして制限をかけている。したがって,新規上場直後の始値が付く前に,証券会社のチェック機構をなんらかの理由で誤った注文データが通過してしまうと,東証側ではその注文データをチェックすることができない。

 広告代理店最大手の電通が東京証券取引所第1部に上場した初日である2001年11月30日に,「16円で61万株」という異常な売り注文が取引市場に入ってしまったのは,こうしたシステム上の仕組みも関係している。結局,61万株の注文のうち,約6万5000株について,42万円弱で取引が成立してしまった。

入力担当者が警告を無視

 異常な売り注文を出したのはUBSウォーバーグ証券会社(東京都千代田区)。本来なら「61万円で16株」と入力するところを,注文入力担当者が「16円で61万株」と反対に入力した。しかも,同社の説明によれば,担当者は異常値を知らせる警告メッセージを無視し,そのまま異常値を東証に送ってしまった。

 UBSウォーバーグ証券会社の注文システムは,あらかじめ決めた基準価格から30%以上かい離した価格の注文が入力された場合,警告メッセージを入力画面に表示する。この日は電通株の上場初日であるため,公募価格である42万円を基準価格としていた。注文システムはさらに,売買単位の100倍以上の注文が入力された場合にも,警告メッセージを出す。電通株の売買単位は1株であった。

 ところが担当者は勘違いをして,警告メッセージを無視したという。「担当者は,16円の売り注文を出す直前,別の銘柄で60万円の売り注文を出していた。このときには数値確認のメッセージが表示された。電通株に関して,61万円と入力したつもりになっていた担当者は,価格が似ていたために,警告メッセージを,直前に見た数値確認メッセージと誤認してしまった」(UBSウォーバーグ証券会社の市川徹広報部エグゼクティブディレクター)。注文システムは,価格と株数を入力すると「この値で正しいか」という数値確認メッセージが出るようになっていた。

 こうして誤ったデータが東証に送られ,東証の注文受付システムは異常な価格をチェックできなかった。また東証の注文受付システムは,株数に関しては異常値をチェックしていない。「証券会社に任せる」(東証)というのが基本的なスタンスだ。ただし,東証の注文システムに直接接続されている端末(東証端末と呼ばれている)には,注文した株数をチェックする機能が組み込まれている。証券会社はこの機能を使い,任意の基準値を設定してチェックすることはできる。

 UBSウォーバーグ証券会社は今後,注文画面に表示するメッセージを,価格用と株数用の二つに分け,異常値のチェックを二重にする。誤入力時の被害を軽減するため,一定の基準値を外れた注文は最初から入力できないようにする。

(森 永輔)