UFJ銀行とみずほ銀行に続き,金融業として今年3番目の大型合併となった損保ジャパン。システム統合に伴うトラブルを引き起こした前2例の轍を踏まないか,注目が集まった。結果として大きな問題なく統合を完了し,7月1日に新会社は無事始動。システム統合方針の素早い決定が功を奏した。

写真●7月1日の損保ジャパン創業記念式典でテープカットした平野浩志社長(右から2人目)と3人の副社長

 「基幹系システムはすでに問題なく稼働している」。7月1日午前8時50分,損保ジャパンの創業記念式典を終えた平野浩志社長は,旧安田火災海上保険と旧日産火災海上保険のシステム統合が完了したことを明言した(写真)。

 損保ジャパンでCIO(情報統括役員)を務める佐藤正敏取締役は,「システムを無事に統合できたのは,合併が決まってすぐに統合方針を決めたことが大きい」と話す。旧安田火災と旧日産火災が合併に合意したのは2000年11月。翌12月には「旧安田火災の基幹系システムを基盤に,基幹系システムを一本化する」という統合方針を決めた。

 具体的には,契約管理や事故内容管理,保険料試算といったアプリケーションの中で,旧日産火災固有の機能を旧安田火災のアプリケーションに追加。さらに,契約者や事故内容のデータを旧日産火災の基幹系システムから,旧安田火災のシステムに移行することにした。旧日産火災は日立製作所製メインフレーム,旧安田火災は日本IBM製メインフレームで,それぞれ基幹系システムを動かしていた。

 旧安田火災の保険料収入は旧日産火災の約4倍。事実上,旧安田火災が経営統合の主導権を握っていたため,企業間やベンダー間で覇権争いがほとんどなかったことも,システム統合がスムーズに進んだ一因とみられる。

 旧安田火災と旧日産火災は統合方針を決めた直後に,機能追加用のプログラムの開発に着手。順次テストを実施した。今年4月末からは,旧日産火災の契約者のデータなどを旧安田火災の基幹系システムに徐々に移行。同時に,テスト済みのプログラムを旧安田火災のシステムで動かしていった。

 合併日の2カ月以上前に追加プログラムを利用し始めたのは,7月中に契約が満期になる契約者に対して,損保ジャパンの形式で契約更改申請書を送る必要があったからだ。1年ごとに契約が切れる保険商品は,契約が満期になる2~3カ月前に契約更改申請書を契約者に送付しなければならない。

 旧安田火災と旧日産火災は5月と6月にも,契約者のデータ移行などを実施した。このため合併日直前の週末,6月29日と30日にテストやデータ移行作業が集中することはなかった。基本的には旧日産火災の契約者のうち満期が9月以降だったり,申請した保険金をまだ受け取っていない契約者のデータを,旧安田火災の基幹系システムに移行する程度で,6月30日の午後6時にはすべての作業を完了した。

 ただし,すべてが順調に進んだわけではない。当初損保ジャパンに加わるはずだった大成火災海上保険が,2001年11月に会社更生法を申請。大成火災は計画通りに損保ジャパンに加われなくなった。それまで大成火災の基幹系システムを旧安田火災のシステムに一本化する作業も進めており,2001年11月に3社のシステム統合作業はテスト段階に入っていた。ところが,すでに開発したプログラムから大成火災固有の機能を取り除き,再度テストしなければならなかった。「統合作業に手戻りが発生した」(佐藤取締役)格好だ。

 逆に幸いした面もある。旧安田火災と旧日産火災の合併比率などを見直すために,当初2002年4月1日としていた合併日が3カ月ずれ込んだ。その結果「システムのテストを念入りにできた」(佐藤取締役)。

 もっとも,損保ジャパンのシステム統合はまだ成功とは言い切れない。12月に大成火災が損保ジャパンに合流する見通しだからである。

(栗原 雅)