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 日本オラクルが苦境にあえいでいる。7月16日に発表した2002年5月期決算は,設立以来初の減収減益だった。売上高は前期比1.6%減の863億6200万円,経常利益は同3.2%減の310億9500万円である。主力のデータベース・ソフト関連の売り上げは445億7800万円と,前期より14.5%も減った。

 新宅正明社長は,6月に始まった新年度から「日本オラクルの第2章をスタートさせる」と宣言。営業,製品面で攻勢をかけ,弱りつつあるブランドの再構築を目指す。そのために組織を大幅に改編した。

 新体制の目玉は,1997年12月に日本オラクルを退社した山元賢治氏を呼び戻し,専務執行役員に据えたこと。山元氏はマーケティング本部,製品本部,パートナー営業本部という三つの中核組織を本部長として管轄。営業担当の石井洋一副社長とともに,新宅社長を補佐する。

 果たして日本オラクルはよみがえるか。復活のカギを握る山元専務執行役員が,同社が抱える問題点や今後の打開策を赤裸々に語った。

――2002年5月期は,会社設立以来初の減収減益でした。

 この間まで日本オラクルを外から見ていました。その経験を踏まえて申し上げましょう。やはりITバブルの崩壊に対する全体のアクションが少し遅れた,と反省しています。

 日本の場合,ITインフラを提供する企業は,普通の企業とは異なる成長カーブを描きます。減益の程度は,いかにITバブルの終焉を予想したかによって決まりました。会社によっては1年半前ほど前から手を打っていたところもあります。これができたのは直販主体のビジネスモデルだったからです。

 これに対して当社のような間接販売主体の会社は,パートナーとの関係上,急には舵を切れない。これが減益の大きな原因と考えています。ハード会社と異なり,ソフト会社は簡単にリストラできないことも影響しています。

 もう一つの問題は,上場を機に会社創設時の幹部がほとんど去ったことです。彼らはみんな優秀なリーダーでした。単なるマネジャではなく,営業やマーケティング,そして会社全体を引っ張ることができました。そうした人間がいなくなった事実は無視できない。これが逆風下で効きました。

●もう2度と辞められない

――EMCジャパン副社長の座をなげうって,日本オラクルに復帰した理由は。

 一つは,新宅(正明社長)の存在です。新宅だけが会社を去らず,誰から見ても大変な局面の打開に当たっている。このことに感動を覚えました。

 「オラクル製品が好き」という理由もあります。もともとソフトの研究者だった私から見て,当社の製品/技術は他社に負けないどころが,超越しています。アーキテクチャはもとより,先進性も信頼性も他社に勝っています。

 それだけではありません。ソフトというのは結局,「人」です。これは先代(佐野力・前社長)のおかげですが,当社に約1600人いる社員の半数近くが新卒です。こんな外資系の会社はほかにありません。すごくベタな言い方をすると,最初の会社ってみんな愛していますよね,感謝もしているし。

 新宅(社長)の意志と,製品の能力,そして社員の力。これら三つを結集すれば,何でもできるのではないか,そう考えてオラクルに帰ってきました。

 もちろん復帰に当たっては半年ぐらい悩みました。2度も同じ会社に入ったらば,恥ずかしくて,もう辞められません。ということは人生最後の転職です。真剣に悩みました。でも,最終的には新宅(社長)を助けようと決断しました。

――復帰してみて,低迷の原因は分かりましたか。

 二つ大きなことを発見しました。一つは私が7年前にエンジニアとして出荷責任者を務めたERPパッケージ「Oracle Applications(現Oracle E-Business Suite=EBS)」に関してです。EBSの今の市場シェアは(R/3に続いて)2位ですが,当社の社員はこれに我慢できなかったらしい。そこでここ3年ぐらいは,EBSの拡販に猪突猛進していた。

 ERPも大事ですが,手作りのシステムもまだたくさんある。EBSに一生懸命なあまり,もっと大きな利用分野のフォローがおろそかになってしまったのではないか。せっかくOracle 9iというすごい製品が登場して,オープン系のデータベースでも本当の意味で並列処理ができるようになったのに,この魅力をソリューションとしてお客様やパートナーに伝え切れなかった。

●テクノロジ・バカになっていた

 もう一つは,ビジネスのあり方です。日本で成功している外資系のITベンダーは,いずれも間接販売モデルです。ブランディングが成功して知名度が高いという共通点もあります。

 いずれも日本進出当初は知名度が低く,直接販売をしていました。これが成功するとパートナーと一緒に製品を販売するというモデルに移行します。これがオラクルの3年ぐらい前の段階です。知名度が少し上がって間接販売に近づきますが,製品の価値とか差異化要因はそのベンダーの社員が語ります。お客様のRFP(提案要求書)に製品の名前を書いてもらえるよう努力しますが,実際のソリューションやシステムはパートナーが提供します。

 これはこれで良いサイクルなのですが,うまくいきすぎると次のステップで困る。「(パートナーに)売ってもらう」ようになってしまうのです。ややもすると,「製品さえ出荷すれば,パートナーが勝手に売ってくれる」と勘違いしてしまった。もちろんそれはビジネスとしてはWin-Winなので非常に心地よいのですが,それに安住してしまと,お客様が何を考えているのか,何を欲しているのかを,そして何に不満を感じているのかがわからなくなる。Cloudsというか,雲の中に入ってしまう。

 多くのITベンダーがこうした段階を経験します。当社も例外ではありませんでした。この1年日本オラクルは,この段階に極めて近かったと思います。

 実は昨年からキャラバンを始め,日本全国のパートナー400社を足で回っています。当社は今Windows向けのデータベース・ソフトでキャンペーンをやっています。競合するマイクロソフト製品よりも安価な特別価格を設定しています。これまでの印象もあって,皆さん「オラクルは高い」と思っていらっしゃる。回った400社のうち8割は,この特別価格をご存じなかった。

 まさに,これが問題なのです。社内で確認してみると,「いや,それはWebに載せました」とか「電子メールで通知しました」みたいな答えが返ってくる。しかも,Webにアップしたり,メールを送信したタイム・スタンプが深夜であればあるほど,頑張ったと周囲や上司から思ってもらえる。私はこれを「テクノロジ・バカ・シンドローム(症候群)」と呼んでいます。まさに症候群で社内にまん延していました。

 当社に限った話ではありませんが,電子メールとかWebといったツールの使い方がどこか間違っていた。これではビジネスがうまくいかないのも当たり前です。自分の会社の製品を直接お客様やパートナーに訴える,という最も基本的な行為を怠っていたのですから。

――どう変えていきますか。

 これまでのやり方で,変える必要があるものは,どんどん変えていきます。新宅(社長)がタイミング良く,「一新」というスローガンを打ち出しました。4月に米国本社を訪問したとき,ラリー(エリソンCEO)に説明したら,「Oracle Japan Version2」と表現したのを借りて,私は「日本オラクル 第2章」と呼んでいます。

●「顧客に成功をコミットする」

 まず企業としてのビジョンを再設定します。いくら売り上げが増えても,お客様が成功しないと,当社のような企業はダメです。「お客様に成功をコミット(約束)できる会社」にならなければならない。「早く,そうなりたい」,「早く,なろう」と社内の意識改革を急いでいます。これまでの日本オラクルは,何だかんだ言って,「お客様が成功するための部品を提供」する会社でした。これを「成功を提供する会社」にしたい。

 最近はビジネスのルールが変わってきています。テニスに例えれば,これまでの競合会社であるデータベース・ソフト・ベンダーは,みんな同じルールに従って,同じコートで戦っていた。ある意味,みんなで同じ空間を共有し,データベース・ソフトの市場を育ててきたわけです。

 ところが,最近はそうじゃない。明らかにゲームのルールが変わりつつあります。今の競合相手は,「データベース・ソフト市場がなくなっても構わない」,「オラクルを叩き出してから,ゆっくりと(料金を)チャージ(課金)すればよい」とお考えの方々ばかりです。となると,これはもうテニスの試合ではない。こっちが一生懸命サーブを打ち込んでもバットやクラブで打ち返そうとしてくる。

 そうしたなかで何を変えていくか。「一新」というと,「何から何まで変える」と思われるかもしれないが,そうではない。日本で12年もやってきて,全部が悪いわけではない。変えるところと,変えずに洗練させていく部分をはっきりする。

 変えずに洗練させる部分とは,パートナー戦略です。当社は長い間,「ビジネス・パートナ(BP)」と「ビジネス・アライアンス」(BA)と言う二つのパートナー制度を維持してきました。BPはシステム・イングレータやISV(独立系ソフト・ベンダー),BAはハードウエア・ベンダーの皆さんです。社内のサポート組織もそれぞれ分かれていました。

 今度,BAとBPの組織を一つにしました。パートナーが求めるサポートをより適格に提供するためです。一口に「パートナー」といっても,千差万別です。利益の源泉が製品の販売マージン(手数料)であるパートナーもいらっしゃれば,コンサルティングや導入支援などの付加価値サービスであるパートナーもいらっしゃる。これまでの組織では,付加価値サービス主体のパートナーにきちんとしたサービスを提供できないケースがあったと考えて,組織を変えました。

――変える部分は何ですか。

 営業の考え方です。フランク(率直)に言って,これまでの当社の営業は,プロジェクト・ベース,プロダクト・ベースで動いていました。「東でデータベースの匂いがすれば飛んでいき,西でEBSの(商談を巡る)喧嘩が起きれば,仲裁に走る」といった具合でした。

 組織そのものはインダストリ(顧客の業種)別に編成していましたが,あまりうまく機能していなかった。営業部門としては,利益を上げやすい商談を追っかけがちだったからです。そうすると,難しい商談,時間がかかる商談への手当てが薄くなり,中長期的な視野に立った提案ができなくなる。

 そこで営業とSEを同じ事業部にまとめました。お互いの主張や立場を捨てて,お客様を成功させるために力を合わせてもらう。

 お客様にトータルでアーキテクチャを提供できる会社になるのが,最終目標です。お客様のコア・コンピタンスでモノを申せるほどの力量を備えた社員はまだまだ少ないですが,少なくともアーキテクチャのレベルでは,データベースにとどまらず総合的な提案をできるように社員一人ひとりが変わらなければなりません。

 それができなければ,組織の名前を変えただけに過ぎません。社員一人ひとりの仕事をする意識を変革し,当たり前のようですが,お客様の目を見て話せるよう,社員の再教育を進めていきます。

 これらの改革をやらないと日本オラクルの存在価値がなくなってしまう。単なる(米国製ソフトの)輸入倉庫になってしまいます。ITベンダーの日本法人の存在意義は,日本のお客様の実情にあった付加価値をいかに提供できるかに尽きます。それができるかどうかは,社員一人ひとりの力にかかっています。

聞き手は星野 友彦=日経コンピュータ副編集長
(写真撮影:寺尾 豊=日経BP社映像部

山元 賢治(やまもと けんじ)
日本オラクル専務執行役員(シニア・バイス・プレジデント)。1983年,神戸大学工学部卒。1990年,大阪大学大学院産業科学研究所卒。1983年,日本IBMに入社。開発製造部門を経て,システム・インテグレーション・ビジネス担当マネジャーを務める。1995年,日本オラクルに入社。ERPパッケージ「Oracle Applications」の日本における立ち上げを担当。その後、コンサルティング・サービス事業部長に就任。1998年,日本ケイデンス デザイン システムズに入社。1999年,イーエムシー ジャパン(EMC Japan)に入社し,コンサルティング部門を立上げる。マーケティング統括本部長を経て,2001年7月,副社長に就任。2002年3月,日本オラクルに復帰。