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米ジレット、マルエツ、伊藤忠商事が実施している「ICタグ」の実証実験を通じて、ICタグを利用する際の問題点が明確になってきた。商品を扱う人間のちょっとした行為や周囲の金属の影響によって、ICタグのデータが読めなくなる。タグを商品のどこに付けるかも大きな問題だ。

 「ICタグを商品に張り付けて管理すれば、販売個数や在庫をリアルタイムで正しく把握できると思っていた。だが実際には、ICタグから得られる情報は必ずしも正確でなかった」。本誌の招きで来日した英レスター大学講師のエイドリアン・ベック氏は、米ジレットのICタグ実験プロジェクトに参加した経験をもとに意外な事実を明かす。ICタグはICチップと無線通信用のアンテナからなる超小型の装置である。

 ジレットはこの3月、英国のスーパー大手のテスコの協力を得て実験を実施。ひげ剃りの替え刃にICタグを付け、1店舗で4週間にわたり販売した。狙いは万引きなどの防止である。その結果、「385個の在庫のうち、盗まれたとみられる商品は4個で全体の約1%だった。テスコ全体では替え刃の総在庫の約5%が盗難で消失していることを考えると、ICタグの効果は大きいと予想される」とベック氏はいう。

商品が存在するのに「盗まれた」

図1●米ジレットの実験では、陳列した商品の上に載せた商品のICタグが読み取れなかった
棚にある数と販売した数が異なるので、システム上では盗まれた可能性が高いと計上された

 一方でジレットは、在庫を正確に把握できないという問題に直面した。人間の何げない行為によって、ICタグのデータが読み取れなくなるからだ。

 ジレットの実験では、替え刃のパッケージの底部にICタグを付け、商品を立てて棚に並べた(図1[拡大表示])。ICタグのデータは、棚の底部に内蔵した読み取り装置(リーダー)で読む。読み取り操作は一定間隔で繰り返す。これによって、商品がまだ棚にあるか、だれかが持っていったかを把握する。さらに顧客が商品を取り出すと、防犯カメラが自動撮影する。後にレジで商品が決済されなければ、撮影された人物は万引き犯の可能性が高いということになる。

 ところが実験で、こんなことがあった。縦に並べた商品の上に、だれかが横向きに商品を載せたのである。「顧客が一度商品を手にしてから、何げなく上に置いたのだろう」とベック氏は推測する。

 すると商品管理システムは、上に置かれた商品がそこに存在するのに「盗まれた可能性が高い」と見なした。その商品のICタグが、棚の底にあるリーダーから離れすぎてしまい、データを読み取れなくなったからだ。商品管理システムは、「この商品は棚から移動された」→「しかしレジで決済されていない」→「盗まれた」と判断した。

 このような事態を防ぐには、商品が想定外の場所に並べられた場合でもICタグを確実に読み取れるよう工夫する必要がある。例えば、リーダーから出す電波を強くする、ICタグの情報を読み取るアンテナを、棚の上部にも取り付けるなどの方法が考えられる。

 だが今回の実験では、電波を強くするのは不可能だったとベック氏は話す。「欧州の場合、電波の出力は一つのアンテナ当たり0.5ワットに制限されている」(ベック氏)からだ。

読み取り頻度をどう調整するか

写真1●ジレットのICタグ・プロジェクトに参加したレスター大学のエイドリアン・ベック セキュリティ・マネジメント担当講師

 ICタグがリーダーの近くにある場合、リーダーはICタグのデータを繰り返し読み取る。その読み取り頻度をどのように設定するかという問題も、ジレットの実験から浮かび上がった。

 ジレットは当初、1.15秒おきにICタグを読み取る設定にしていた。防犯カメラ・システムと連携させるので、棚から商品を取り出す瞬間を厳密に判定したほうがよいと考えたからだ。ところが「間隔が短すぎて、正しく読み取れなかった」(ベック氏)。

 そこでジレットは、5秒おきにICタグを読み取る設定に変更した。すると今度は、顧客が商品を取り出した瞬間を撮影することができなくなった。「人間が棚の近くにいても、5秒後には棚から離れてしまうことが多い」(ベック氏)。試行錯誤を繰り返し、結局ジレットは2.4秒間隔でICタグの情報を読むことで、顧客が商品を取り出す瞬間を撮影できるようになった。

 ICタグがリーダーの近くにある場合のもう一つの問題点は、入力するデータ量が膨大になることだ。読み取りの間隔を2.4秒に設定すると、ICタグ一つにつき1時間に1500個のデータを入力することになる。ICタグが持つデータ量はごく小さいが、スーパー内のあらゆる商品にICタグが付いたとしたら、処理のやり方によってはサーバーの能力を上回る可能性がある。しかも、商品が移動しない限り、延々と同じ処理をすることになりムダが多い。

 そこでジレットが採用したのは、ICタグからの情報を選択できるフィルタリング・ソフトだ。「商品の位置が変わらない場合は、フィルタリング・ソフトでその商品のICタグ・データを遮断する。商品が取り出されたときだけ、システムに入力するようにした」(ベック氏)。ジレットの実験では、米オーツ・システムズが開発したフィルタリング・ソフトを使った。

周囲の金属が読み取りに影響

 ICタグの天敵は「金属」。ICタグのすぐ近くに金属があると、ICタグのデータを正しく読めなくなることが多い。ICタグ自身は電源を持たず、リーダーから受け取った電波で電磁誘導を引き起こして、リーダーとのやり取りに必要な電流を発生させることが多い。金属がタグのすぐ近くにあると、この電磁誘導の妨げになり、十分な電流を発生できなくなる。

 この問題に遭遇したのはスーパー大手のマルエツだ。マルエツは丸紅、NTTデータと共同でこの1月からICタグの読み取りテストを開始した。このなかで、ポテトチップスに付けたICタグが読めないという事態が発生した。袋がアルミ製だったからだ。「小さいポテトチップスは問題なかったが、大きなポテトチップスの袋に張り付けたICタグは読み取れなかった」とマルエツの高橋晋商品本部物流部長は話す。

 また、レジでの決済をイメージして、買い物かごに入った複数の商品のICタグ・データを同時に読み込む実験でも、かごに入れた別々の商品のICタグ同士がたまたま接触していると正しく読み取れなかった。

 マルエツの高橋本部長は、「レジで決済するときにICタグの情報が読み取れないと、無料で販売してしまうことになりかねない。最終的に99.7%以上の精度がないと実用は難しい」と考えている。今後しばらくICタグ読み取りの実験を続けたあと、9月から物流センターで、10~11月から実店舗(対象は1店舗)で実証実験を始める予定だ。

ICタグの張り付け場所を工夫

図2●伊藤忠商事はスニーカーへのICタグの埋め込み方法と読み取り精度を検証した
実験には日立製作所が協力した

 ICタグを利用する際、商品のどの場所にタグを付けるかは大きな問題だ。伊藤忠商事は、これに取り組んでいる。「どうすればICタグの読み取り精度を高くできるか」を考え、コンバースジャパンの運動靴とバリージャパンの靴や革製品、さらに伊藤忠繊維部門の物流業務を受託するシーアイ繊維サービスが取り扱うアパレル商品を対象に、4月から調査を進めている。伊藤忠はコンバースおよびバリーのブランド所有権を持つ。調査は日立製作所と共同で、期間は1年を予定している。

 コンバースの運動靴では、積み上げた商品の検品作業を想定して、どうすれば読み取り精度が上がるかを検証した。その一環として(1)ソール(靴底)と運動靴本体の中敷きとの間、(2)左右の足のかかと部分に縦方向で、(3)同じく横方向で、の3パターンでICタグを埋め込んだ。そのうえで運動靴を箱詰めし、ICタグの読み取り精度を比較した(図2[拡大表示])。リーダーは箱の前面にかざす。

 検証の結果、読み取り精度が高いのは(2)と(3)でタグを左足に付けた場合であることが分かった。運動靴はサイズなどを記載したラベルが張ってある箱前面に、左足のかかと部分が接する格好で箱詰めするからである。「右足のかかとの位置は箱の裏側になり、リーダーからの距離が遠くなるため読み取れない場合があった」(伊藤忠商事 宇宙・情報・マルチメディアカンパニー情報産業部門の田村健司情報産業ビジネス部長代行兼ユビキタス戦略室長)。ソールに埋め込んだパターンでは、ICタグとリーダーとの角度の影響で読み取りにくかった。

ICタグ自体の耐久性も確認

 ICタグの位置や周辺の環境にどれほど気を使っても、ICタグ自体が破損したらどうしようもない。例えば、コンバースの運動靴は通常、ゴム製のソールを130度の熱で約70分間圧力を加えて本体と接合する。この工程でICタグが破損してしまうなら、とうてい実用にはならない。

 そこで伊藤忠はICタグの耐久性に関しても検証した。運動靴にICタグを埋め込み、通常の製造工程と同じく130度で70分間圧力をかけるという条件に耐えられるかを調べた。その結果、「高温で長時間圧力をかけ続けてもICタグは破損しないことが分かった」(田村部長代理)。実験では、ICタグで構成するICチップとして日立の「ミューチップ」を利用した。

 伊藤忠は、現段階ではICタグを読み取れるかどうかの確認にとどまっている。「今後は入出庫や棚卸し作業の効率化などによるコスト効果について検討し、実用化が可能かどうかを見極める」(田村部長代理)。

 ICタグにかかわるこれらの実証実験は、まだ始まったばかり。ベック氏は、「ICタグを採用するメリットが大きいことは間違いないが、実用化の課題はまだ多く残っている。過度の期待を持たずに、問題を一つひとつ解決していくことが重要だ」と指摘する。

(坂口 裕一、栗原 雅)