ITスキル標準に普及の兆し

政府や民間団体が利用環境を整備

日経コンピュータ 2003年7月28日号,14ページより

経済産業省は7月1日、「ITスキル標準(ITSS)」制度の運用や普及促進、補助金拠出先の選定を担う「ITSSセンター」を設立した。さらに日本オラクルなどが10月、ITSSの普及を狙う民間団体「ITSS推進協議会」を設立する。それぞれITSSを利用しやすくするためのガイドラインやツールを整備する。

表●ITスキル標準センターとITSS推進協議会(仮称)の概要
 「ITエンジニアの育成に利用する」(東京ガス、イーシー・ワン)と、自社の人材育成への活用を表明する企業が出てきた「ITスキル標準(ITSS)」。ITSSは、ITプロフェッショナルに必要なスキル(技能)を11の職種、38の専門分野別に定義し、さらに7段階のレベルごとに必要なスキルを整理したもの。人材育成の指針として注目を集めている。しかし実際には、その内容の複雑さや利用環境が整っていないことから、多くの企業にとって使いづらい状況にあった。

 こうした状況のなか、ITSSをベースにした人材育成のガイドラインやツールを提供することで、ITSSの普及を促進しようとする組織が政府と民間から出てきた([拡大表示])。それぞれ企業がITSSを活用しやすくなる支援策を打ち出している。

高度なスキルもつ人材のコミュニティ発足

 経済産業省は新設の「ITスキル標準(ITSS)センター」を情報処理振興事業協会(IPA)内に設置した。ITSSセンター長には、元日本IBM プロフェッショナル・コンピテンシー部長の長田康久氏が就任。富士通やNECといった大手ベンダーからも人材育成担当者が数人出向している。ITSSセンターは、ITSSの改訂のほかに「研修ロードマップ」の作成や普及活動を行う。

 研修ロードマップはITSSをもとにエンジニアを育成する方法のたたき台を記述したものである。ITSSセンターの設置と同時に「コンサルタント」、「ITアーキテクト」、「プロジェクトマネジメント」、「セールス」など6職種の研修ロードマップを発表した。残り5職種の研修ロードマップは、順次ITSSセンターが提示していく。

 普及活動については、ITSSを利用してIT人材の育成に取り組む企業や教育機関などに対して、ITSSの具体的な活用事例を提示する。さらに民間企業、教育機関に対し補助金を提供し、研修ロードマップをベースにした人材育成を促す。経産省は8月に提出する来年度概算要求に補助金の予算として十数億円を盛り込む計画。「研修費用の半額を補助金として提供したい」(情報処理振興課の久米孝課長補佐)。選定基準は未定だが、ITSSセンターが中心となり一般から公募する。

 このほか、ITSSのレベル6以上の人材を職種別に集めた「プロフェッショナル・コミュニティ」を作る。コミュニティはITSSの啓蒙活動や、高度なスキルをもつ人材の育成をリードする役割を担う。長田センター長は「レベル6以上に相当する高度なスキルは、研修などで身に付くものではない。高度なスキルの保持者が徒弟制度のような形で教えていく必要がある」と語る。

 まずは、ITSSが定義する11職種のなかから「プロジェクトマネジメント」と「ITアーキテクト」の2職種のコミュニティ発足を年末までに目指す。ITSSのレベルは第三者が客観的な保証を与えるものではないため、当初は大手ベンダーからレベル6以上に相当する人材を推薦してもらい、ITSSセンターが選定をするとしている。

民間もオラクル中心に普及団体を設立

図●ITSSのレベル管理ツールの画面
ITSS推進協議会の会員企業は無償で利用できる。日本オラクルが開発した。同社は今年6月から自社内で運用を開始している。Webブラウザで使用する

 ITSSの運営管理と国としての普及活動を行うITSSセンターに対して、民間の“草の根”活動でITSSの普及を目指す動きも出てきた。日本オラクル、シーエーシー、キヤノテックなどは10月にも、「ITSS推進協議会(仮称)」を設立する。UFJ銀行といったユーザー企業も参加を検討している。IT業界を中心に会員企業を募り、会員企業へのITSSの普及促進活動や、ITSSをベースにしたスキル向上の支援などを実施する。

 この計画の中心となっているのは日本オラクル。同社は全社員のスキル向上策としてITSSをいち早く取り入れている。この6月から順次、社員のスキルがITSSの各レベルのどこに該当するか振り分け、次にどのレベルを狙うか個々人に目標設定をさせている。そのために開発したレベル管理ツールや、ITSSの社内導入に関するノウハウを、ITSS推進協議会の会員企業に対して無償で提供するとしている([拡大表示])。会員企業同士も、自社でのITSSの活用で得たナレッジやノウハウを共有していく。

 経済産業省のITSSセンターには、こうした支援や企業同士のコミュニティ設置を行う計画はない。ITSS推進協議会の設立を担当する日本オラクルの高橋秀典 営業統括バイスプレジデントは、「ITSSセンターとは協調しながら、うまく役割分担をしていきたい。民間にITSSを普及させるためには、民間企業同士が協力する必要がある。利益度外視で取り組んでいきたい」と意気込みを語る。

 ITSS推進協議会は、ソフトハウス、ハード・メーカー、コンサルティング会社といった業種別の標準的なレベル分布を定義し、各企業へ目標設定の参考として提示する計画もある。また、企業内のITSSのレベル分布状況と、目標のレベル分布とのギャップ分析や、スキル向上の具体的なプランニングをする「スキルアセッサー」を認定する資格制度も創設する方針。

両団体の役割分担は不明確

 業界団体の情報サービス産業協会(JISA)もITSSの普及促進に積極的だ。7月24日にはJISAの佐藤雄二朗会長などとITSSセンターが、ITSSの方向性や、JISAの会員企業に対してITSSをベースにした研修を提供する計画を検討した。このようにITSSが普及する兆しは見えてきた。だが、課題もいくつか残る。

 例えばITSS関連の補助金が有効に使われるか注視する必要がある。経産省はすでに今年3月、ITSSを利用した人材育成プロジェクトを一般公募し、大学を中心とした28組織に対して総額13億円の補助金を与えた。しかし「中には補助金をハードやソフトの購入費用に充てるなど、実質的には本来の用途であるスキル向上に使われていない例も散見される」(プロジェクト関係者)という。来年度も補助金が出る予定だが、税金のばらまきになっては意味がない。

 役割が重なるところも多いITSSセンターとITSS推進協議会の関係も気になる。うまく役割分担ができればよいが、「ITSS推進協議会にITSSを分かっている人はいないのでは」(ITSSセンター関係者)とする声もあり、すでに不協和音の予兆が見られる。

(井上 理)

本記事は日経コンピュータ2003年7月28日号に掲載したものです。
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