ICタグの普及に向け、政府が積極策を打ち出した。7月に中国、韓国と標準化や研究・開発の分野で協力することで合意。8月には低価格のUHF帯ICタグの実現を目指し、2年間のプロジェクトを開始した。これらの国家プロジェクトが計画通り進めば、ICタグの実用化が加速する可能性は高い。

写真1●麻生太郎 総務大臣と中国の王旭東 情報産業部長(左)、韓国の陳大済 情報通信部長官(右)
表●経済産業省が主導するUHF帯ICタグ開発プロジェクト「響プロジェクト」の概要
1個当たり5円のICタグを2年で実現することが目標
写真2●響プロジェクトでは、シール型やカード型といった用途に合わせた加工を施す前のICタグであるインレットを開発する

 「ユビキタス社会を実現するために3カ国が協力することが重要だ」。7月26日に札幌で開催された「日中韓情報通信大臣会合」で、麻生太郎総務大臣は中国の王旭東 情報産業部長と韓国の陳大済 情報通信部長官に対してこう提案し、合意を得た(写真1)。日中韓の政府は今後、ICタグの標準化や研究・開発を共同で進めていく。

グローバル規模の実証実験が可能に

 3カ国の合意は、ICタグの実用化が新たな局面に突入した象徴と言える。3カ国は、国際物流の効率化を想定した共同実験を行い、相互運用性を評価することを考えている。これが可能になれば、実験の対象地域が拡大するだけでなく、中国に生産拠点を持つ国内メーカーや海運空運会社を巻き込んだ、従来よりも大規模な実験が可能になる。このような実証実験のグローバル化は、ICタグ実用化の動きを加速することにつながる可能性が高い。

 日中韓の政府は、各国代表者による部会を早期に設けて具体的な項目を検討するとしている。現段階では、標準化や実験の具体的な作業内容は決まっていない。この合意について「アジア統一規格を作って欧米に対抗する」と一部で報道されたが、日中韓がICタグ推進団体のEPCグローバルやユビキタスIDセンターの規格を無視して、ゼロから「アジア・コード」や「アジア・プロトコル」を作るとは考えにくい。3カ国は既存の規格の中から標準として採用するコード体系や、ICタグのデータを読み書きするリーダー/ライターとの通信に使用するプロトコル、周波数などを決めていくとみられる。

 3カ国の中でも特に韓国は、今回の合意に大きな期待を寄せる。陳長官は「日本と中国の協力が得られるのは望ましいことだ。3カ国が力を合わせれば国際物流の効率を高めて、取引を活性化できる」と話す。

18億円投じ、国産ICタグを開発

 ICタグの実用化が次なる段階に進展するもう一つの象徴は、経済産業省が8月に開始した「響(ひびき)プロジェクト」である。響プロジェクトの狙いは、2年後の2006年7月までにUHF帯ICタグの量産技術を確立するとともに、可能な限り安価に供給できるようにすること([拡大表示])。経産省は「月産1億個以上、単価5円」という数値目標を明確に掲げている。

 響プロジェクトの成果は、企業におけるICタグの実用化に多大な影響を与えそうだ。出版業界におけるICタグの導入を推進する日本出版インフラセンターの永井祥一氏は、「響プロジェクトの開始は、2年後にICタグが普及する確率が非常に高くなったことを意味する。そこから逆算して、急ピッチで出版業界のコード体系を整備したり、プライバシ保護の具体策を固める必要が出てきた」と語る。

 響プロジェクトを主導するのは、経産省から委託を受けた日立製作所。NECと大日本印刷、凸版印刷が日立に協力する。経産省は気を抜けない。

 4社が実際に開発するものは、ICタグの原材料にあたる「インレット」とインレットに使うICチップ、およびリーダー/ライターに内蔵するICチップである。インレットとは、ICチップにアンテナを接合してセロハンなどで封止した状態のものを指す(写真2[拡大表示])。インレットをシール型やカード型に加工すると、商品や段ボール箱に取り付けて使うICタグになる。

 経産省は響プロジェクトの1年目に9億円を投じる。2年目も同規模の予算を確保する見込みだ。合計で約18億円を投じる国家プロジェクトに対し、「外国製のICチップを輸入すればよいではないか」と疑問を投げかける声も少なくない。

 こうした意見に対し、経産省の山崎剛 商務情報政策局情報経済課係長は、「ICタグの核であるチップを外国からの輸入に頼るのはリスクが大きい。ICタグが爆発的に普及したときに供給量を減らされたり、単価を引き上げられることも考えられる。自国で生産技術を蓄積する意味は大きい」と説明する。

単価5円の実現は未知数

 ただし、響プロジェクトで開発するのは、あくまでもインレットである点に注意が必要だ。経産省が数値目標として掲げる「1個5円」という単価はインレットのものであり、シール型やカード型に加工してICタグにしたら当然、単価は5円よりも高くなる。耐水などの機能を持たせると、単価はさらに上がる。

 日立など4社が2年という短い期間で、単価5円というゴールにたどり着けるかどうかも未知数である。日立の山下哲男IDソリューション統括本部長は「厳しいスケジュールであることは間違いない」と打ち明ける。「UHF帯のICタグを作るのは初めてなので、ICチップの設計を新規に手がける必要がある」(山下統括本部長)からだ。

 ただ、山下統括本部長は「勝算はある」と自信を見せる。ICチップにアンテナを接合する技術は「世界最小ICタグであるミューチップの開発で得たノウハウを生かすことができる」(同)。

 響プロジェクトは、1年目にインレットの設計と1次試作を完了する。2年目の前半6カ月で設計を修正して2次試作。後半6カ月で設計を再修正し、インレットを完成させるという流れで進める。「ICチップの設計」、「アンテナの設計」、「ICチップとアンテナの接合」といった細かい作業レベルでのスケジュールを詰めるのはこれからである。ただでさえプロジェクトの期間が短いにもかかわらず、スタート段階で詳細の実行計画が決まっていないことも、不安材料の一つである。加えて、NECや大日本印刷、凸版印刷との役割分担も不明確だ。共同で開発するのか、各社から技術供与を受けるのかといった方針は決まっていない。

 計画通りに成果を上げられるかは未知数だが、ICタグの実用化を後押しする政府の姿勢は評価に値する。民間の期待を裏切らないためには早期に具体的な実行計画を立て、最小限の手戻りで標準化や研究・開発を進める必要があるだろう。

(栗原 雅、松浦 龍夫)