●電話の音声をIPパケットに変換して伝送する技術「ボイス・オーバーIP(VoIP)」が注目を集めている。
●VoIPを導入すると回線利用の効率が高まり,拠点間の通信コスト削減や回線運用の負荷軽減が期待できる。
●三菱マテリアルや日本デルモンテなど,VoIPをいち早く導入し,効果を上げている企業も出てきた。

図1●今回取り上げる「ボイス・オーバーIP(VoIP)」の位置づけ。IPパケットに変換した音声をデータとともに伝送することで,拠点間の通信コスト削減や,回線運用の負荷軽減といったメリットが得られる
 企業内の音声系ネットワーク(内線電話網)とデータ系ネットワークを統合する手段として,「ボイス・オーバーIP(VoIP)」が注目され始めた。VoIPは音声をIP(インターネット・プロトコル)のパケットに変換して伝送する技術である。これまでは一定以上の音声品質を確保することが難しい点などから,普及は進んでいなかった。しかし,最近は音質を向上させるための機能を持つVoIP製品も増えてきた(次ページの別掲記事を参照)。

 企業がVoIPを導入すれば,内線電話の音声と情報システムのデータを同じIPネットワークで伝送できる。音声系とデータ系の回線(帯域)を分けて運用する場合に比べて,回線の利用効率が高まる。これにより,拠点間の通信コスト削減や回線運用の負荷軽減といったメリットが得られる(図1[拡大表示])。特に,拠点が広く分散している企業での利用に向いている。

新規拠点の接続にVoIPを活用

 すでにVoIPを導入し,大きな効果を上げている企業もある。例えば,非鉄最大手の三菱マテリアルは,本社を含む6拠点にVoIP用の装置を入れて,内線電話の音声をIPパケットで伝送している(134ページの図2[拡大表示])。VoIPを利用しているのは三つの区間。具体的には,本社-ドイツ事業所間,大阪支社-浜松営業所間,東北支店-茨城県事業所間である。さらに同社はこの4月にも,VoIPを利用できる拠点を1~2カ所増やす。2001年中に社内のWANを全面刷新するのに合わせて「全社にVoIPを導入することも検討している」(甲元宏明情報システム部課長)。

 三菱マテリアルがVoIPを導入した第一の狙いは,低コストでネットワークを拡大することである。ドイツ,浜松,茨城の各オフィスは,いずれもこの1~2年で新規に開設した拠点。同社は従来から拠点間の音声/データ伝送にTDM(時分割多重装置)を使っていたが,新規拠点の接続にはVoIPを採用した。実際,TDMを使用する場合に比べて「コストは半額程度に抑えることができた」(甲元課長)。

 社内ネットワークのプロトコルをIPに統一し,運用負荷を軽減することも,同社の狙いの一つである。三菱マテリアルは現在,IPだけでなくSNAなど複数のプロトコルのデータをWANで伝送している。「ネットワークをシンプルにするために今後はIPに統一していく方針。この一環として音声系もIPで伝送することにした」(甲元課長)。

年間100万円以上のコスト削減

図2●三菱マテリアルのVoIPのネットワーク構成。シスコシステムズのVoIP用ルーターを採用した(NECが販売するOEM製品も含む)
 TDMを使った社内ネットワークをVoIPで全面刷新し,コスト削減に成功した企業も出ている。トマトケチャップなどを製造・販売する日本デルモンテ(東京都中央区)である。

 同社は昨年3月から本社と全国6カ所の工場の間でVoIPを利用している(135ページの図3[拡大表示])。それまで使っていたTDMのリース切れをきっかけに,回線利用の効率化を狙ってVoIPを導入した。TDMよりも安価なVoIP装置にリプレースしたことと,一般の電話回線を使っていた二つの区間をVoIPで内線化できたことにより,コストの削減効果は「年間で100万円以上」(三津兼一郎企画部課長)になるという。

 日本デルモンテの場合,コスト削減以外にもVoIPの導入効果があった。それは,内線電話をかけるときに,ダイヤルしてから実際に接続されるまでの時間が,従来と比べて約5分の1に短縮されたことだ。以前は,まず内線発信用の特別な番号をダイヤルしてから,TDMを介して接続先のPBX(構内交換機)が応答するのを待ち,そのあとに相手の内線番号をダイヤルしていた。「VoIP導入後は,相手の内線番号までを一気にダイヤルして接続できるようになったので,利用部門からは非常に好評だ」(三津課長)。

導入や管理の容易さで製品選択

 VoIPを実現するための製品にはいくつか種類がある。三菱マテリアルはVoIP機能を付加したルーター(シスコシステムズ製のCisco3620など)を,日本デルモンテはVoIP専用のゲートウエイ装置(沖電気工業製のBS1200)を利用している。

 三菱マテリアルは,VoIP用ルーターの管理の容易さや拡張性を評価した。事前にルーターとゲートウエイ装置を比較検討したところ,「実は通話の品質はゲートウエイ装置のほうが良かった。しかし,ルーターと別にVoIP専用の機器を導入すると,管理コストがかさむと判断した。VoIP機能を備えるルーターなら,管理の手間が少なくてすむ」(甲元課長)。

 通話品質についても,ルーターは拡張カードやソフトウエアでVoIPの処理を実行しているので,「バージョンアップによってすぐに改善されるだろうと考えた」(甲元課長)。実際,VoIP用ルーターを導入して以来,ソフトを2回バージョンアップしたところ,「品質は確実に向上している」(同)という。

 一方の日本デルモンテは,導入の容易さを重視してゲートウエイ装置を選択した。ゲートウエイ装置ならば,既存のルーターとPBXの間に設置するだけでVoIPを実現できるからだ。従来の環境に何も手を加えずにすむ。さらに,「設定が簡単な製品を選んだ」(三津課長)ことから,同社はわずか2日間で全拠点への導入作業を完了して,利用を開始できた。

 日本デルモンテは,ゲートウエイ装置のほかに,VoIP用の拡張カードを付加したTDMも選択肢の一つとして検討した。しかし,「設定が難しく,故障率も上がるのではないかと考えた」(同)。同社はなるべく故障が少ないことも選択の条件としていた。というのは,同社の工場はいずれも市街地から離れた場所にあり,すべての工場にシステム担当の社員がいるわけではないからだ。機器が故障した場合には代替部品を送るだけでなく,修理要員を派遣しなければならない。だが,「工場が郊外にあるので時間もコストもかかってしまう」(三津課長)。幸い,ゲートウエイ装置はこれまで一度も故障したことがないという。

テストを徹底して繰り返す

図3●日本デルモンテのVoIPのネットワーク構成。本社を中心に,各工場をスター型に接続している。沖電気工業のVoIP用ゲートウエイ装置を採用した
 三菱マテリアルと日本デルモンテはいずれも,VoIPの稼働前に入念なテストを繰り返した。音声とデータを同じIPネットワークに相乗りさせるので,お互いに悪影響を与えないかどうか,通話の品質は十分に確保できるかどうか,といった点をチェックした。日本デルモンテでは現在,音声系とデータ系を合わせた社内ネットワークの使用率は平日の午前10時ごろにピークを迎え,約70%に達するという。それでも「音声の遅延を感じることのない通話ができている」(三津課長)。

 三菱マテリアルはVoIPのテストで,特に基幹システムのデータが従来通りスムーズに流れるかどうかをチェックした。伝送するIPパケットには優先順位を付けた。営業支援や生産管理,人事といった基幹システムのパケットを最優先に設定。そのうえで,音声に1回線当たり約20kビット/秒の帯域を割り当てた。テストでは,数十Mバイトのファイルを伝送しながら同時に通話する過負荷試験も行った。

 ほとんどのテストは問題なかったが,本社-ドイツ事業所間の音声品質の確保には苦労した。両拠点の間は専用線ではなくフレーム・リレー網で接続しているためだ。フレーム・リレー網は専用線よりも通信コストは安いものの,伝送遅延が大きい。同社がテストで実測したところ,遅延は最大で700ミリ秒にも達した。

 音声をフレーム・リレー網に乗せて伝送する「ボイス・オーバー・フレーム・リレー」という技術もあるが,三菱マテリアルは音声をIPのパケットに変換したうえで,さらにそれをフレーム・リレーで伝送するという,あまり例のない方式をとっていた。解決策として,同社はシスコシステムズの協力を得て,ルーターをチューニングし,回線の遅延が大きくても違和感なく通話できるようにした。

 三菱マテリアルの場合,VoIP用ルーターと既存のPBXとの“相性”の問題にも悩まされた。社内で使用中のPBXの機種や規格が統一できていなかったため,VoIP用ルーターと相互接続できるかどうかをすべて確認する必要があった。「特にドイツの事業所には,我々が聞いたこともないようなメーカーの機種も入っていた」(甲元課長)。こうしてテストや確認の作業を重ねた結果,「どの拠点間の通話も同じレベルの品質を確保することができるようになった」(同)。

 日本デルモンテはVoIPのシステム導入にかかわったベンダー間の調整に苦労した。システム・インテグレータに導入作業を一括して頼むのではなく,自社で作業を主導したので,自ら調整役を務めねばならなかった。日本デルモンテは,ゲートウエイ装置の販売元である沖電気と,専用線を提供するNTT,ネットワーク機器の監視や保守を担当する別のベンダーとの間に立って,作業内容や日程を調整していった。「当社の工場がある地域のNTTでは,VoIPの導入を初めて体験する担当者もいたので,打ち合わせには大変苦労した」(三津課長)。

(玉置 亮太)

ボイス・オーバーIPとは

 ボイス・オーバーIP(VoIP)は,デジタル化した音声をIP(インターネット・プロトコル)のパケットに変換して送受信する技術である。音声系のネットワークとデータ系のネットワークを統合する手法の一つとして位置づけられる。

 従来は,このような音声/データ統合を実現する手法としては,TDM(時分割多重装置)を使う方法が一般的だった。TDMを使えば,単純に音声とデータを多重化して同じ回線で伝送できる。しかし,この場合は音声通話とデータ通信のそれぞれに一定の帯域を固定的に割り当てる。いわば1本の回線を複数に分けて使うようなものだ。通信量や発生頻度にかかわらず,一定の帯域を確保してしまうので,時間帯などによっては回線の利用効率が下がることになる。

 これに対して,VoIPで音声をIPのパケットに変換し,データもIPで一緒に伝送すれば,1本の回線上で効率良く多重化ができる。プロトコルを一本化すれば,回線運用の負荷も軽減できる。

 最近注目を集めている音声/データ統合技術には,VoIPのほかに「ボイス・オーバー・フレーム・リレー(VoFR)」や「ボイス・オーバーATM(VoATM)」もある。VoIPはフレーム・リレー網やATM網を構築しなくても,社内の既存のIPネットワークやインターネットをインフラに使えるので,導入・運用コストが安い。ただし,ネットワークが混雑した場合に,通話の品質が劣化したり,音声の遅延が起こりやすいという欠点がある。

 VoIPを利用するには,音声をIPパケットに変換するための装置が必要だ。これには専用のゲートウエイ装置のほか,ルーターやTDMなどに拡張カードを付加してVoIP機能を持たせた製品がある。例えば,沖電気工業の「BS1200」や「BV1250」はVoIP専用のゲートウエイ装置,シスコシステムズ(東京都千代田区)の「Cisco1750」や「Cisco3600」はVoIP機能を備えるルーターである。

 最近のVoIP製品は,音声の品質を向上させるための機能をいくつか備えている。その一つが,IPパケットの伝送速度の変化(ゆらぎ)を補正して,通話を途切れなくする機能である。パケットを機器側で一定量だけため込み,これをまとめて再生することで音声の途切れを減らす。

 ただし,ため込むパケットの量を増やしすぎると,途切れは少なくなるが,音声の遅延が大きくなってしまう。沖電気のBV1250は,ネットワークのゆらぎを監視し,あらかじめ設定したしきい値の範囲内で,ため込むパケット量を自動調整する機能を持つ。