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ヤマト運輸が6月、120億円かけて「次世代システム」を導入した。配達担当者が持つ3万台以上の携帯端末を入れ替え、業務システムも刷新した。従来の刷新は業務の効率化が目的だったが、今回は顧客の利便性を追求した。

システム刷新によって軒先でクレジットカード決済が可能になるなど顧客の利便性が向上(上)。全国に約3万台あるヤマト運輸の配送車(左)
●新システムにより15分おきに情報が更新されるため荷物の動きと情報が合致する。4つの端末を担当者は携行する。
 「これまでの仕組みでは時代に取り残されてしまう」。ヤマト運輸のデリバリーカンパニー情報システム部の芝崎健一部長は、システム刷新の理由をこう表現する。

 国土交通省の調べによると、ヤマト運輸は2004年度に年間10億700万個を配送。シェアでは35.9%と業界第1位である。だが、2位の佐川急便(京都市)が33%と猛追している。

 ヤマト運輸は、業界トップの地位を保つために2003年から宅配便事業の組織改革に取り組んでいる。「エリア・センター」と呼ぶ、従来よりも小規模な営業拠点に切り替え、現在の3500カ所から2007年度までに5600カ所に増やす計画である。

 これにより、時間指定配送の精度を高めるなど、顧客に密着したサービスを強化する。

拠点倍増に耐える仕組みでない

 新システムの導入以前、芝崎部長は「いまの仕組みのまま拠点を倍増させると高コストになる」と悩んでいた。1999年10月に導入した基幹業務システム「5次NEKOシステム」には、大きく2つの課題があった。1つは、利用環境をマイクロソフトの開発ツール「Visual Basic」で開発していたために、バグなどでプログラム変更が必要な場合、修正プログラムを書き込んだCD-ROMを配布して、各拠点で対応する必要があった。

 さらに、配送担当者が持つ携帯端末には配達完了などの情報がたまるが、拠点に戻るまでシステムに登録できない。依頼主が同社のホームページから配達状況を確認しても4時間程度のズレがあり、荷物の動きと情報がかい離していた。「顧客に密着し希望に応える」というヤマトの経営戦略に追随できるシステムではなかったのだ。

あえて「6次」と呼ばず

 そこで、2003年11月からシステム刷新の検討が始まった。1974年の1次NEKOシステム稼働以来、システム刷新の目的は業務の効率化だった。そのため、刷新を検討する際に現場の声を重視していたが、「今回はあえて現場の声を吸い上げるプロセスを省いた」(同)。名称も6次NEKOシステムとはしてない。

 配送担当者の視点でシステムを見直すと、業務の効率化にはつながる。だが、将来にわたって同業他社との競争を勝ち抜くには、顧客の利便性を追求しなければならない。宅配便網の再構築や顧客の利便性を重視した新サービスなどヤマトの経営戦略に沿ったシステム基盤が必要になる。

 「顧客の利便性を高めるには何が必要か、経営戦略のなかで仕組みはどうあるべきかをゼロから考え直す必要があった」(同)。そこで、商品開発を担当する宅急便部など7人でプロジェクトチームを結成した。

 昨年1月、有富慶二会長をはじめとした経営幹部8人が集まる経営戦略会議でプロジェクトを説明した。「最も強く指摘されたのは、業務効率化ではなく顧客視点で考えているかどうかだった」(同)と振り返る。会議の前には、当時のCIO(情報戦略統括役員)である神保清一・代表取締役専務執行役員と費用対効果ついて議論した。そして3月に経営戦略会議と常務会で了承され、総額120億円のシステム開発が始まった。

 次世代システムで倍増する営業拠点に備えて、各拠点にはリッチクライアントを採用した。リッチクライアントとはウェブブラウザーにプログラムの実行環境を組み込んだもの。これにより、ウェブブラウザーでも一度使った画面の情報が端末側で保存できるため、従来の専用端末の操作性を確保した。サービスの変更やバグなどプログラムの変更が必要になってもセンター側で修正できる。

試験稼働後に現場の意見を反映

 顧客の利便性を向上させるために、担当者は4台の端末持つことになった。携帯電話のほかに、新型の携帯端末、小型プリンター、クレジットカード決済端末を持ち歩く。いずれも、ブルートゥースを搭載しており、無線で情報をやり取りできる。

 例えば、小型プリンターで印字した不在通知を受け取った顧客が、携帯電話で2次元バーコードを読み取らせると、再配達を指示するサイトのURLとドライバーの携帯電話へのリンク画面が表示される。顧客にとっては、再配達の依頼が容易になる。「1人1台の携帯電話が当たり前の時代であり、カード決済のニーズも高い。担当者の端末は増えるが顧客の利便性を優先した結果」(同)だという。

 6カ月の開発期間を経て、2004年11月に関東の一部地域で試験導入を開始した。この段階で現場からの意見を吸い上げ始めた。懇談会を開いたり、自主的に次世代システム要望書としてまとめた店長もいた。

 現場で活用し始めると課題も出てきた。配達が主業務である住宅街を担当する地域と、集荷が主であるオフィス街では使い方が異なる。集荷量が多いと入力業務中に通信が始まってしまい、作業が中断してしまう。これまではセンターとの通信を15分間隔に固定していたが、自由に間隔を変更できるようにした。6月からは、全国で本格導入した。「これでインフラが整った。2次元バーコードを活用した新しいサービスを提供したい」(同)と意気込む。

(西 雄大)