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こんにちは。弁理士の恩田です。これまでの連載で特許とは何かをご理解いただけたのではないかと思います。改めて世の中を見回すと,さまざまな特許であふれかえっていることに気付くでしょう。ソフトウエアも例外ではありません。もし,自分が何気なく使っている技術に特許が成立していて,特許権の所有者から「特許侵害だ!」と言われたら…。今回はそのあたりについてお話しします。

図1●特許庁の「特許電子図書館」のページ

 ここは窓から東京都庁の高層ビル群が臨める,とある特許事務所。弁理士が,彼の大学のときの同級生であるS氏をなにやらなだめている様子。S氏はちょっと興奮しています。

S:だ・か・ら,これまでフリーで普及していた技術に突然お金を払えと言われても困る! そうは思わないかい?

弁理士:まあ,落ち着けよ。確かにそういった批判の声はある。でも,特許の権利を行使するという観点からは問題ないんだ。

S:そうなんだろうけど,僕たちプログラマが当たり前に使っていた技術に対して,ある日突然「特許侵害」なんて言われても納得いかないよ。確かにJPEGは今やWebサイトやデジタルカメラで必要不可欠な技術だけど,カネを払う必要があるってわかっていたら,こんなに普及しなかったかもしれないじゃないか。

弁理士:そうムキになるなよ。君の言いたいことはわかる。でも,米Forgent Networksが所有するとされるJPEGの特許に対して,すでに高額のライセンス料を支払った日本企業もある。今後のビジネス拡大と特許侵害のリスクを天びんにかけたうえでの判断だ。

S:…そういった駆け引きの話は苦手だよ。とにかく,JPEG特許について教えてくれないか。

弁理士:よしきた。Forgent Networksが所有する特許は「冗長性削減のためのコーディング・システム」というものだ。1986年に米国で登録されてから長い間,権利が行使されていなかった。特許を取得した1986年といえばJPEG技術が普及する前だ。おそらく当時は,JPEGそのものを想定した特許ではなかったのだろう。ところが,この特許を検討してみたら,JPEGで使われている技術が含まれている可能性があることがわかった,ということらしい。

S:たまたま持っていた特許が,世界中で普及した技術に関するものだったってことか。まるで,タンスの中にしまい込んでいた宝くじを調べてみたら,大当たりだったみたいなもんだね。

弁理士:似たようなものかな。ずっと使われずに眠っていた特許は「休眠特許」と言われるんだけど,Forgent Networksの件は休眠特許を有効に活用している事例だね。

S:休眠特許かあ。使っていなかった特許を突然使い始めるなんて,まるで特許のリサイクルって感じだな。効率はいいんだろうけど,やっぱりちょっとせこい気がするなあ(ブツブツ…)。

弁理士:特許は出願した日から20年間の権利期間がある。その間は権利者からライセンスを取得しないと,その特許を使うことができない。最近では,ソフトウエア技術のように進歩の速いものに対して20年もの間,特許による権利の独占を認めると産業の健全な発展を阻害する,という意見も出てきているようだけど。

調査は特許庁のサイトを活用しよう

S:GIF画像についても似た話があるよね。GIF画像やtiff-LZWを扱うソフトウエアを勝手に作って配布すると,米Unisysの特許を侵害することになるって。これも休眠特許なのかい。

弁理士:いや,これはちょっと経緯が違う。Unisysは,GIF画像を作成・表示するのに使用されているLZW(Lempel Ziv Welch)というデータ圧縮アルゴリズムの特許を1985年に取得したんだけど,当時は非営利目的に使用する場合はライセンスが不要だとしていたんだ。米CompuServeはそれを受けて1987年にLZWを使った画像データ圧縮・解凍の規格GIFを作ったわけだ。ライセンス不要のGIF技術が,パソコン通信や画像作成・編集用フリーウエアで広まっていったのは,君も知ってのとおりだ。ところがUnisysは1999年に方針を変えて,非営利目的であってもLZWを使うにはライセンスが必要と言い出したんだ。

S:フリーウエアの作者たちにもライセンス料を支払うように働きかけて,猛反発を食らってたよね。

弁理士:そうだったね。ただし,自衛策は必要だ。他人から特許侵害と言われないように,自分の業界でどんな特許が取られているかを調べる「特許調査」は,今後ますます重要になるだろう。

S:どうやって調べたらいいんだ?

弁理士:簡単な調査なら特許庁のホームページ(http://www.jpo.go.jp/indexj.htm)の「特許電子図書館」を使えばいい(図1[拡大表示])。例えば,開発中のソフトウエアに関する技術についての特許をキーワード検索したり,ライバル会社の特許出願動向を調査できる。

S:おもしろそうだな。そこのノート・パソコンをちょっと貸してくれないか…。ライバルのA社とB社を検索してみよう。

弁理士:どうだい。

S:おおっ,400件以上出てきたよ。こんなに出していたとは…。

弁理士:重要な技術については,検索キーワードを変えていろいろな方向から調べてみるべきだね。検索漏れのない確実な調査を行うためには,特許事務所に依頼するという手もある。ちなみにうちの事務所も,指定された条件に基づいて毎月調査をして,その結果を報告するっていう調査サービスをやってるんだけどね。

S:君も商売人だねえ。その特許調査では,どのくらいの範囲で調べてくれるんだい?

弁理士:日本だけでなく,海外の調査もしている。ただし,出願されている特許のすべてを調査の対象にできるわけじゃない。特許は,出願してから1年6カ月たたないと一般に公開されないんだ。だから特許調査をするといっても,今から1年6カ月前までの間に出された他人の特許出願については内容がわからない。これはどこの特許事務所が調査するときでも同じだ。

相手の特許をつぶせないか検討する

S:もし,うちの会社が開発したソフトウエアが「特許を侵害している」といって他社から警告されたらどうすればいい?

弁理士:特許権侵害の警告書を受け取ったら,まずはあわてずに警告書をよく読んで,相手の主張をじっくりと検討することが大切だ。警告書の内容が妥当とは限らないからね。特許を取得したのをいいことに,権利を拡大解釈して,そもそも権利の範囲に含まれていないところまで侵害だと主張してくることもよくある。

S:なるほど,はったりの場合もあるってことだ。

弁理士:特許侵害になるかどうかは,相手が所有している特許の構成要素の一つひとつを,君の会社のソフトウエアと照らし合わせて,あてはまるかどうかで判断するんだ。そのためには,相手の特許の構成要素と,それぞれに対応する君の会社のソフトウエアの構成要素を比較する対照表を作成してみるといいだろう。そして両者を比較して,一致するかどうかを一つずつ検証していくんだ。

S:結構,難しそうだな。

弁理士:特許侵害の警告に対して,見解書,鑑定書,回答書といったものを書くのも,我々弁理士の仕事の一つだ。そんなに恐れることはないよ。

S:それで,侵害していないというプロの見解がもらえれば,相手に侵害していないって回答すればいいわけだね。うまくいけばいいけど,逆に侵害していることがわかった場合は?

弁理士:その場合は,相手の特許をつぶせないかどうかを検討する。警告を送ってきた会社が特許を出願する前に,同じ内容あるいは似たような内容の技術文献などが発表されていれば,相手の特許を無効にする審判を請求できる。そうした文献を見つけたら,その存在を相手に知らせて,特許無効審判を請求する用意があると回答するのがいいだろう。そうすれば,相手が黙ることもある。

S:うまく見つかればいいけど…。

弁理士:こういった先行技術の文献を見つけるために,特許調査をすることもよくあるんだ。

S:それでもだめな場合は?

弁理士:特許侵害にならないようにソフトウエアの設計を変更できないかどうかを検討してみる。アルゴリズムを一つ変更して,特許侵害を避けられる場合もあるからね。

S:設計変更が無理だったら?

弁理士:相手と交渉してライセンスをもらうことだね。特許権者と争って訴訟になれば,多額の費用がかかってしまう。早い段階で相手の要求に応じれば,比較的低額のライセンス料で済むこともある。

S:ライセンスがもらえないとか,高額すぎる場合は?

弁理士:そのときは開発したソフトウエアの販売をやめるしかない。そんなことになる前に,こちらから特許を仕掛けておくべきだね。

S:特許を仕掛ける?

弁理士:相手の会社が使いたくなる特許をこちらが持っていれば,相手とのライセンス交渉を有利に進められるってこと。

S:なるほど。交渉の“弾”を準備しておくということだね。

弁理士:具体的には,相手の特許をベースにした「改良発明」を行い,特許出願しておくという方法がある。改良発明というのは,既存の発明をさらに便利にするような付加機能などを発明することだ。改良発明が十分に魅力的だったら,それを相手に提供してライセンス料を相殺する「クロスライセンス」に持ち込める可能性がでてくるわけだ。改良発明をするには,相手の特許に対して徹底したブレイン・ストーミングを行うのが効果的だね。

S:ずいぶんいろんな戦略があるんだなあ。

弁理士:あきらめずに取り組めば,解決策をみつけられるんだ。