こんにちは。弁理士の恩田です。今回は「意匠」と「商標」についてのお話です。さまざまなアイデアに基づいて開発した「モノ」をいよいよ「商品」として販売する段になると,これまでに説明してきた特許権などに加えて,さまざまな権利に関する手続きをしておく必要があります。中でも,商品のデザインに対して与えられる意匠権と,商品の名前に対して与えられる商標権の手続きは不可欠です。

 ここは窓から東京都庁の高層ビル群が臨める,とある特許事務所。ある日の夕方,いつもより早く仕事を片付けて帰り支度をしている弁理士の部屋に,ノックをするのもどかしげに彼の大学時代の同級生であるS氏が喜び勇んで飛び込んできました。

S:やったぞ! 僕が心血を注いで開発してきたAI(人工知能)ソフトの商品化がついに決まったよ。君のおかげで特許出願とかの手続きも無事すませたし,後は売り出してもうかるのを待つだけだ。豪華フルコースで前祝いといこうぜ!

弁理士:おいおい,ちょっと待てよ。商品化が決まったことはめでたいけど,一体いつ発売する予定なんだ。

S:来月には,記者向けの発表をする予定だ。そのときに同時に販売を開始する予定さ。

弁理士:ずいぶん急な話だな。実はまだ,君に言っておかなくちゃいけないことがあったんだが…。

S:どうして? 君に言われた通りに特許の出願はすませたし,念のためにプログラムの著作権登録も申請した。完璧だろ? もうすぐにでも販売していいくらいだろ?

弁理士:ところがまだなんだ。商品として販売をするのであれば,ほかにもいろいろな手続きをする必要がある。手続きの進み具合や結果によっては,最悪の場合,記者向けの発表も販売も遅らせる必要が出てくるかもしれない。

S:手続き,手続きって,一体どれだけ待たせたら気が済むんだ(怒!)。まったく,これだから君たち法律家って連中は…。

弁理士:まあまあ,落ち着けよ。手続きをするのは,別に僕たち法律家のためじゃない。商品を開発した君たちの権利を守るためなんだからね。確かに手続きはめんどうかもしれないが,きちんとしておかないと,後で困るのは君なんだぜ。

S:…すまん。ちょっと頭に血が上っちゃったみたいだ。よかったら,あとどんなことをしなくちゃいけないのか,教えてくれないか。でも,できるだけ早く済ませられるように頼むよ。

弁理士:了解した。まあ,そこのソファーにでも座って頭を冷やしときな。今,コーヒーを入れてきてやるよ。

S:サンキュー。

デザインに対して権利が与えられる

弁理士:(持ってきたコーヒーをS氏に手渡した後,自分は向かい合ったソファーに座りながら)以前,君が趣味で作ったという「住宅間取り自動作成ソフト」のときにGUIの話が出ただろう。GUIの方が楽で,ぱっと見ただけで使い方がすぐにわかって便利だって。今度のAIソフトはどうだい? 使い勝手を良くするために,いろいろとGUIのデザインに工夫をしたんじゃないかい?

S:ああ,確かに。GUIはアイコンからデザインしたんだけど,結構苦労したよ。自分では使いやすいと思っていても,他人に使ってもらったら使いにくいと言われたりしたからね。最初に作ったGUIのうち今でも残っている部分といったら,ほんとにわずかだね。

弁理士:なるほど。そうだろう。で,君が苦労して作ったアイコンを特許で保護できるとしたらどうだい。

S:えっ,アイコンも保護できるのかい?

弁理士:もちろん。でも,何でもかんでもできるってわけじゃない。アイコンが所定の条件で変化したり,表示・非表示の切り替えをするところなんかに新しいアイデアが盛り込まれていれば,特許で保護される可能性があるということだ。実際に,特許として登録されているアイコンもいくつかあるんだ。

S:へえ,そんなことができるのか。

弁理士:それから,アイコンのデザインに新しさが認められれば,意匠権で保護することも可能だ。例えば,携帯電話機の初期画面のアイコンを登録した事例もある(意匠登録第1075910号)。

S:意匠権って,なんなんだ?

弁理士:意匠権というのは,知的財産権の一つだ。物に関して新しく創作性のあるデザインを開発した者に与えられる権利だ。ここでいうデザインというのは,形や模様や色の組み合わせのことを指す。意匠権で保護される権利期間は,登録から15年間と結構長い。アイコンに限らず,物に施されたデザインで,今までにない新しいものであれば,たいていは意匠権で保護できる。

S:ふ~ん,デザインが保護されるとは知らなかったな。と言うことはCD-ROMのパッケージとかのデザインも保護できるってことかな。実はこのソフト,ビジネス向けとしても個人ユーザー向けとしても,かなり幅広く売っていこうと思っているから,CD-ROMのデザインにも結構凝って格好よくしたんだ。

弁理士:CD-ROM自体に関して言えば,円盤状の形状は当たり前だから保護できない。だが,特殊な形状にカッティングしてあったり,普通のCD-ROMでも表面のデザインが新しかったりすれば意匠登録できる可能性がある。もちろん,パッケージのデザインも登録できる。

S:パッケージのデザインといえば,化粧品なんかは,容器の形状や色使いに凝っていることが多いみたいだけど。

弁理士:デザインの良し悪しが売れ行きに結構影響するみたいだからね。実際,意匠登録をしていることも多いんだよ。君も考えてみた方がいいんじゃないかな?

S:なるほど,さっき発表や販売を遅らせる必要があるかもしれないといったのは,意匠登録のためだったんだね。

弁理士:それもある。

S:え~,まだあるのかい。

商品の名前はさらに重要だ

弁理士:商品を販売するときには商品名がいるだろう。名前は決まっているのかい?

S:名前か。ふっふっふ。聞いて驚くなよ。「IBM」の一つ前にいるだとか,映画「2001年宇宙の旅」に出てくるコンピュータだかにちなんで「HAL」っていう名前をつけたコンピュータ学校があっただろう。うちのソフトは,ずっと進んでいるから「LEP」って名前だ。

弁理士:「LEP」? I,J,K,L…と,B,C,D,E…。はは~ん,わかったぞ。3歩先を行くってことか。

S:ご名答。でも,名前が何か問題になるのかい?

弁理士:もちろん,大ありだ。

S:ええっ,「LEP」のどこが問題なんだ?

弁理士:君はLEPという名前の他社のソフト商品がないことを確かめてからこの名前をつけたのかい?

S:いや,僕が知っている範囲ではそうした名前の商品はないと思うんだけど…。きちんと確かめたのかと聞かれるとちょっと困るな。でも,忙しい合間をぬっていろいろと考えた末に,僕が決めた名前だ。短くて記憶に残りやすい語呂のいい名前になるようにって。

弁理士:じゃあ,例えばの話だ。君がLEPを発売した後で,他のソフトハウスから「LEP」って名前のまったく別の商品が販売されてきたら,君はどうする?

S:そりゃ,頭に来るだろうね。真似するなって感じだ。

弁理士:そうだろう。商品の名前はとても重要なんだ。だから,商標権というもので保護されている。商標と言うのは,例えば,シャネルとかルイ・ヴィトンのように一般にブランドと言われているものさ。ブランドは,自分の商品と他人の商品とを区別してくれる標識の役割をするものだ。それに,このブランドは,その商品が良いものであるという品質保証の役割もするし,広告・宣伝にも大いに役立つ。ぼくらの世界では,商標のことを「物言わぬセールスマン」と言うことがあるくらいだ。

S:わかった。それじゃ早速「LEP」を商標登録してくれないか。

弁理士:そう簡単にはいかない。1年間にどれくらいの商標が新たに出願されると思う? なんと12万~15万件だ。しかも商標は特許のように一定の期間で権利が消えてしまうわけではない。10年ごとに更新すれば,ずっと権利を保持できるんだ。それで現在,大体170万件くらいが登録されている。

S:170万件!?

弁理士:こうなると,自分では新しい名前だと思っても,すでに同じ名前が登録されていることが結構あるのさ。君が考えた「LEP」のようなアルファベット3文字の商標なんかは特に登録が多いんだ。

S:じゃあ,同じ名前が登録されていたら?

弁理士:もちろん新たに商標登録することはできない。すでに他人が商標登録している商品名を勝手に使うと,訴えられることもあるから要注意だ。別の名前を考えなくちゃいけないだろうね。

S:そんな~。

弁理士:商標はさっき言ったように標識の役割をするものだから,使っている限り,そして使えば使うほど,信用が蓄積されて,より価値が高いものになっていく。特許権や意匠権は一定の期間で権利が終わってしまうけど,商標権は更新することでずっと権利を守ることができるようになっているのはそういうわけなんだ。

S:よくわかったよ。じゃ,どうすればいいんだ。

弁理士:まずは,すでに同じ名前が登録されていないかどうか商標調査をすることだ。簡単な調査なら,特許庁のホームページ(http://www.jpo.go.jp/indexj.htm)から特許電子図書館(IPDL)を使って自分でできる。この商品を海外で販売することも考えているのなら,海外での商標登録の調査も不可欠だ。

S:う~ん,やっぱり君にやってもらおうかなあ。

弁理士:あと,商標とは関係が無いけど,名前にアルファベットを使うのであれば,イメージ調査をしておくことをお勧めするね。アルファベットを母国語に使っている外国人は,日本人には一見無意味に見えるアルファベットの並びから,我々に思いもつかないイメージを抱くことがある。それが良いものならいいけど,悪いものだった場合には,商品にマイナスのイメージを植え付けてしまう。例えば,君が考えた「LEP」っていう名前だったら,鱗(うろこ)を意味するギリシャ語の「Lepis(λεπισ)」に関係あるように感じる人がいる可能性がある。ヘビとかの爬虫類が苦手な人には,気持ちが悪いというイメージを与えてしまうかもしれないね。

S:さすが,大学時代から海外留学して語学堪能だっただけのことはあるなあ。じゃ,夕飯をおごるから後は頼むよ。