こんにちは。弁理士の恩田です。自分が一生懸命考えて取得した特許をまねた製品が出てきたらどうしますか。すぐにも「特許侵害!」と相手に文句を言いたくなりますが,ちょっと待ってください。実はその前に,すべきことがあるのです。さらに,侵害していることは明白に思えるのに相手が応じてくれない,などいろいろな事態が起こる可能性があります。今回はそのあたりのお話をしましょう。

 ここは窓から東京都庁の高層ビル群が臨める,とある特許事務所。夕方になり仕事に一区切りつけた弁理士がオフィスでくつろいでいると,いつものように元気にS氏がやってきました。

弁理士:やあ,あい変わらず元気そうだね。景気はどうだい。

S:ぼちぼちだね。ところで,知的財産権とか特許って,これまで気にしていなかったんだけど,いろいろと教えてもらってすごく勉強になったよ。ありがとう。

弁理士:なんだい,急に改まって。でも,君のような優秀な技術者にそう言ってもらえると光栄だね。でも,これまで話してきたのはほんとに基本的なことで,実務を行うとなったら大変なことが山ほどあるんだけど(笑)。

S:まあ,そのために,君のような職種の人たちがいるわけだからね。その点はわきまえているよ。ところで今度の異動で,勤務地が横浜になっちゃってね,これまでのようにちょくちょくは顔を出せなくなりそうだよ。

弁理士:ほう,それでさっきのあいさつってわけか。ちょっとさびしくなるけど,新しい勤務地でもがんばれよ。じゃあ最後の講義として,特許が侵害されたときの対処方法を教えておこう。もちろん,そんなことは無いにこしたことがないけどね。例えば,君の会社が販売している特許取得済みのソフトと瓜二つの製品を,他社が売り出したとしたらどうすればいいかってことだ。そうしたことをあらかじめ知っていれば,万一のときに不必要にあわてなくてすむからね。

S:了解! じゃ,よろしく頼むよ。

まずは侵害かどうかの十分な検討を

弁理士:うむ。それでは早速質問だ。そうしたことがあったときに最初にすべきことはなんだと思う?

S:えっと,相手に連絡をすることかな。

弁理士:いきなりそれじゃあ,ちょっと気が早すぎるな。

S:じゃあ,何をすればいいんだい?

弁理士:まずは,他社が売り出したソフトが,本当に君の会社の特許を侵害しているかどうかを十分に検討しなければいけない。

S:なるほど。でも,同じ処理方法が使われているかどうかは,わかりにくいと思うな。リバース・エンジニアリングなんてやろうとしたら,えらく時間と費用がかかるだろうし…。単なる処理手順だったら,画面表示や,処理データの結果を見れば,同じことをしているかどうかがわかる場合もあるだろうけど。

弁理士:ここで特に気をつけてほしいのは,特許侵害を調べる場合は,他社と君の会社の製品同士を比較するのではなくて,他社の製品と君の会社の特許の「特許請求の範囲」という欄に記載された事項を比べて,侵害かどうかを判断しなければならないということだ。特許公報を見ればわかるんだけど,特許というものは,発明を技術的な思想としてとらえて文書化した「特許請求の範囲」と,その発明を詳細に説明する「明細書」と「図面」から構成される。「特許請求の範囲」の記載によって特許が確定されたわけだから,必ずしも君の会社のソフトのすべての機能がカバーされているとは限らない。特許請求の範囲と製品の実装にずれがあるのはよくあることだ。

S:つまり,製品同士を比べるのではなくて,相手の製品がこちらの権利書に書かれた内容に抵触していないかどうかを検討するってことだね。

弁理士:一言で言ってしまえば,そうだ。でも,これを実際にやるとなるとかなり難しくて,専門的な知識が必要になる。「特許請求の範囲」というのは,一般的に非常に概念的な書き方をしているんだ。

S:僕たち技術者が見てもよくわからないってことかい。どうしてもっとわかりやすく書かないんだろう。

弁理士:上位概念化して請求したほうが,より大きな権利を取得するのに有利なんだよ。どれだけ広い範囲をカバーできるように特許を申請するかが弁理士の腕の見せ所でもある。

S:たとえば,どんな風に?

弁理士:処理結果を出力させるところに特徴がある発明を特許申請するとしよう。このとき「特許請求の範囲」に「モニター」と書いてしまうと,ほかの装置に出力する手段は権利の範囲外になってしまう可能性がある。だから,プリンタへの出力,スピーカへの音声出力も含められるように,「モニター」と書く代わりに「出力手段」への出力と書いておくわけだ。これが発明の上位概念化ということだ。

S:なるほど。いろいろなバリエーションに対応可能な特許にするってことだな。

弁理士:そして,その「出力手段」の具体例が,「明細書」「図面」に書かれている。自分の特許がどのような権利範囲を持っているかは,これらをよく見て慎重に検討しなければならないんだ。検討した結果,相手が特許権の侵害をしていないようであればあきらめざるを得ないね。

S:ふ~ん,なかなか一筋縄ではいかなさそうだ。君たちのような専門家に見解を求める必要がありそうだね。

侵害している相手に警告状を送る

S:それで,相手が侵害していることがわかったらどうする?

弁理士:そうだな。相手との関係だとか,業界の現状・慣習を考慮した行動が必要だね。たとえば,取引関係などがあって,ことをあまり荒立てたくないのであれば,相手に口頭で申し入れるという手もある。そうでないときは,警告状を送ることになるだろうね。特許の問題を当事者同士の交渉で解決できれば,裁判などの費用や精神的な負担がかからなくてすむし,時間的にも解決が早い。

S:そりゃそうだな。裁判ってやっぱりイメージよくないしね。

弁理士:特許を侵害しているかもしれないと相手が意識している場合は,警告を受けたらあっさりと製造販売をやめてしまう場合がある。特許のことをよく知らない相手であれば,特許侵害と聞いただけでびっくりして製造販売を停止するってこともある。

S:相手が簡単に引き下がってくれなかったら?

弁理士:特許のことをよく知っている相手であれば,自社製品が特許侵害をしていないことをいろいろな理由をつけて反論してくることがある。弁理士を代理人として立てることもあるだろうし,特許を無効にする文献を見つけて提示してくることもあるだろう。


S:特許を無効にする文献って?

弁理士:特許が成立する要件を覚えているかい。

S:えっと(メモ帳をめくりながら),発明が新しいものであるという新規性,簡単に考えつく程度のものでないという進歩性。あと,産業上利用できるという有用性。これでいいのかな。

弁理士:そうだね。これらのうち新規性と進歩性は,出願より前に公開された特許や学術文献に,同じような内容が開示されているかどうかで判断する。特許は,特許庁の審査官が審査するんだけど,審査官の審査も完璧ではないから,文献を見逃している可能性もあるんだ。相手は必死になって調査をしてくるはずだ。世界中の文献がその対象になるから,日本で見つからなければ,外国で調査を依頼することもあるだろう。相手が提示した文献の内容によっては,こちらが引き下がらなければならない可能性もある。

S:こちらが引き下がる必要がないと判断したら?

弁理士:相手にどうしてもその製品の販売をやめさせたいのであれば,販売店や問屋に警告状を送るという手がある。

S:販売店や問屋にかい?

弁理士:特許を侵害した製品を扱えば,製造元だけでなく販売店や問屋も特許権侵害になる。販売店や問屋は特許侵害の可能性のある製品とわかったら扱うのを嫌がるはずだ。そして,製造元に対応を求めるだろうから,相手に打撃になるだろう。

S:なんか話が大げさになってきたなあ。

弁理士:うん,ここまでするとなると,相当慎重にならなければいけない。もし,その後裁判になって,相手が特許権を侵害していないと判断されたり,こちらの特許が無効になったりしたときには,こちらが相手に賠償責任を負うことになってしまうからね。

S:自分の特許が絶対に大丈夫だという確証がないとだめなんだろうな。ここまでこじれてくると,やっぱり裁判になるわけ?

交渉や警告でだめなときは裁判を

弁理士:交渉や警告で解決しなかったらそうなるね。特許権に基づく相手製品の製造販売を指し止める請求と特許権侵害による損害賠償の請求を求める訴状を,地方裁判所に提出する。

S:費用も時間もかかるんだろうね?

弁理士:ケースバイケースだけど,かなり高額になるだろう。期間も1年以上はかかると思ったほうがいいね。判決を待っている間の損害が著しいようなら,より早く決定が下される仮処分を並行して申請してもいいだろう。特許を侵害していると仮処分で決定されると,相手は該当する製品の開発や販売をやめなければならなくなる。

S:被告となる相手はどんな出方をしてくるかな?

弁理士:自社製品が原告側の特許の請求範囲を犯していないことを証明しようとするほか,原告側の特許自体をつぶしてしまおうとすることもある。最近になって,特許の無効を被告側が主張し,これを裁判所が認めて,結果的に特許権を侵害していないという判決がいくつも出されているんだ。現行法では,特許の有効性の判断は特許庁の専権事項となっているから,特許無効審判は特許庁に対して起こさなければならないんだけど,裁判所でこうした判断を下す傾向が出てきているようなんだ。

S:ということは,特許を持っているからといって訴訟を起こしても負けてしまう可能性も十分にあるということか。

弁理士:訴訟を起こす前に,自分の特許に無効理由がないかどうかを,権利者側が十分に調査しておく必要があるね。

S:なるほど。今日の話はヘビーでちょっと疲れちゃったよ。

弁理士:じゃあ,この辺で講義はそろそろ切り上げて,君の異動先での活躍を祈って送別会といくか。新宿御苑の方にちょっと行くと,いいワイン・バーがあるんだよ。今日は僕のおごりとしよう。

S:サンキュー。